[掌編]わたしとあなた
2013.03.16 Sat [Edit]
Emo Cat is Lonely / alan.stoddard
私にとって、あなたは憧れの人でした。
2つ年上のあなたは、いつでも、私から見れば遠く前を進む、憧れの人でした。
いつか、あなたのようになりたい、と。
優しく微笑んでくれるあなたを、追いかける日々でした。
ずっと、ずっと。
あなたと「姉妹」であれたことを、嬉しく思っていました。
お姉さん。
姉さん。
大好きだったのに。
どうして。
目の前で、あなたが泣いている。
ごめんなさい、ごめんなさい、と、ただひたすらに繰り返して。
床に座り込んで、涙を流しながら。
それを慰めるように、あなたの隣に座る男が背を撫でながら、同じように、すまない、すまない、と、言葉を繰り返す。
ねえ、姉さん。
一体、なにが起こっているの。
その男の人は、私の婚約者じゃなかったの。
私の、恋人じゃなかったの。
どうして、そちらにいるの?
どうして、泣いているの?
……母さん、なぜ、許してやって、なんて、いうの。
なにを、許すの?
お腹に触るから、って、なに。
ねえ、なんなの。
誰か、答えをちょうだい。
青ざめ立ち尽くす私はどうすればいいの。
視界が薄れていく。
みなが、姉さんを心配してる。
私に、誰も気づかない。
ああ。
薄れていく意識の中、泣き続ける姉さんと、それを支える周りの人だけが、目に残る。
――もう、いらない。しらない。
誰も、助けてくれない。
私と婚約者の彼は、幼馴染だった。
ずっと仲良くて、ずっと一緒だった。
そんなに名家、というわけじゃないけれど、そこそこの家の私たちは、両方の家から認められて、婚約し、そう、私が22になる春には、結婚するはずだった。
あと一年まてば、結婚するはず、だった。
なのに。
いつのまにか、姉と婚約者は、そんな関係になっていたんだろう。
そして、いつのまに、子どもが、できていたんだろう。
おねえちゃんを、ゆるしてあげて。
あなたは、まだわかいから、だいじょうぶよ。
ね、おねえちゃんのしあわせをいのってあげて。
誰かの、声がする。
耳を素通りする、その声は、母のような気がする。
でも。
わかいから、大丈夫って、なんなの。
私の気持ちは、どこに行くの。
愛してる、とか。溺れるほどの愛じゃなかった、けど。
これでも、育んできたものがあったというのに。
部屋の天井をぼんやりと眺める。
ただ、うつろな目で、ぼんやりとながめる。
私が、なにをしたというの。
ちゃんと、あなたがつかまえてなかったからなのよ。
だから、かれのことをわるくいってはだめよ。
おねえちゃんのあかちゃんのためにも。
なぜ。
なぜそんなことを言われるの。
私が、悪かったの?
ただ虚ろに見上げる私に、声がいくつも通りすぎる。
ああ、もう。
どうでもいいような、気がする。
もう、どうでも、いい。
それでも、愛していたのだ、と。
誰もいなくなった部屋で、ぽつり、つぶやいた。
――どういうことです!
――それは、うちの息子が悪いに決まってるでしょう?
――なにをいってるんです、彼女が悪いわけじゃない。
――あなた、それでも、親ですか。
扉の向こうで、怒声が響く。
何かの声。強い声。激しい声。
ぼんやりとしていると、部屋の扉が勢い良く開いた。
「ああ、ごめん、ごめんよ、本当に、ごめん」
だれ。
「おとうとが、ごめん、ああ、君はなにも悪くないのに」
――ならば、息子はそちらに差し上げます。
――お嬢さんは、うちで大事にさせて頂きます。
なに。なにがおこってるの。
「うちにいこう。うちの弟のせいだけど、大事にするから。こんな目に君を合わせたかったんじゃないんだ」
体が、抱き上げられる。
ふわり、と、浮遊感。
「大丈夫、ゆっくり休んで。少しずつ、元気になればいいから」
温かい言葉に、ゆるり、と、まぶたがまたたいて。
暖かい温もりに、心がほろり、と、ほぐれて。
私は、ゆるやかに、眠りへと落ちていく。
これでもう、だいじょうぶだ、と、思いながら。
あの日。
婚約者が、姉を妊娠させて、婚約破棄を願った日。
憧れていた私の姉は、私に泣いてすがり、婚約者の男はただひたすらに姉をかばって。
両親ですら、姉を、優先させた日。
私の心は、許容範囲を超えて、どこかがぷちんと途切れて、起きているように寝てるような状態になってしまっていたらしい。
両親は、そんな私に繰り返し、姉を許せと、若いから譲れと、お前も悪かったのだと、繰り返し、繰り返し言い続けたらしい。
それが3日ほどくりかえされた。
そもそも、婚約は、両家の両親が認めたもので。
婚約者の両親は、申し訳ない申し訳ない、と、ずっと思っていたらしい。
婚約は、そもそも、婚約者だった彼が願ったもので。
両親と兄に、どれほど私を思っているのかを告げて、こぎつけたものだった、の、だ、そうだ。
なのに、婚約者は姉を選んだ。
結婚まで純血を望んだ私が、悪いのだ、と。
だから、姉に誘惑されて、逆らえなかった、と。
婚約者だったひとは、そういったのだとか。
そして、それをかばう我が家の両親に、逆に、元婚約者の両親が、憤った。
妊娠させた息子が悪い。婚約者をないがしろにした息子が悪い。
なのになぜ、私がこんなに憔悴してるのに追い打ちをかけるのか、と。
婚約者だった人とは幼馴染だったこともあって、ご両親とも小さい頃から親しくさせていただいていた。
姉は、あまり会ったことがなかったけれど、私は彼らに娘のように可愛がられていた。
ごめんな、と、婚約者だった人の兄だったひとが、何度も繰り返す。
妹のように思ってきた相手が、弟にひどい目に合わされた。それが彼には許せないようだった。
姉さんは悪くない、私が悪いんだ、とそう告げた時、彼は、苦しげに言った。
姉は、私が彼女に憧れていることに気づいていた。
そして、それを当然と思い、私をコントロールしていた。
今回の騒動だって、本当に婚約者だった人を愛してたからじゃない。
――くるしめばいいのよ、と、彼女は笑っていた。
それを知って、私は、ただ、涙をながすしか、出来なかった。
わたしにとってあの人は憧れのひとだった。
年上で、いつも追いつけないあの人は、憧れの相手だった。
いつか彼女のようになりたいと、そう、思っていた、のに。
ほろほろと、無表情に涙をながすことしか出来ない私を、暖かい腕が包み込む。
兄のように思ってきた人。
ずっと、婚約者だった人の兄として、年上の幼馴染として、兄のように優しかった彼が、慰めるように抱きしめてくれた。
「俺が、いるから」
うん、と、ひとつ頷いた私は、その言葉の意味を、未だ理解できていなかった。
ぬくもりに誘われて、とろりと、まぶたが閉じる。
おやすみ、と、囁く声に、ゆるりと、眠りの中へ意識を沈ませた。
――愛してるよ。
その言葉は、聞こえぬままに。
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