[掌編]うちの隣のおひぃさま。
2013.02.27 Wed [Edit]
隣の家のみぃちゃんは、かわいい。
飛び抜けて美人なわけでもないし、スタイルがいいわけでもない。
ごくごく普通の女の子だけれど、笑うとかわいいし、性格もいい。
小学校の頃なんかは、ちょっといじわるしたけれど、その後、少しずつ、彼女はこの近辺の同い年の連中や、年の近いメンバーの、アイドルみたいな存在になった。
近所のじっちゃんばっちゃんは、みぃちゃんを「おひぃさま」って、呼ぶ。
中学になって、僕らも、ひっそりとそう呼ぶようになったのは、秘密だ。
みぃちゃんは、そこまで賢くはない。
でも、すごく一生懸命勉強するから、先生たちに好かれてる。
たまに、馬鹿にするみたいなことをいうヤツもいるけど、馬鹿にした奴がもし例えば英語が得意なら、みぃちゃんは素直にソイツに聞きに行く。
そんで、ありがとう、って、嬉しそうに笑うんだ。
そうすると、もうだめ。馬鹿にしてた奴も、段々みぃちゃんの魅力に、捕まってしまう。
僕ら、保育園からの幼馴染組にしてみれば、どんどん増えてくみぃちゃんのシンパの数に、呆れたり心配したり、本当に大変だ。
男の子も女の子も、同じ小学校・中学校に進んだ連中(ちなみに小学校が違って中学で合流した奴もいる)も、ある意味根強いシンパみたいになって、ずっとみぃちゃんの心配をしたり、ひっそり手を貸してたり、する。
そう、ひっそり。もちろん、普段一緒に遊ぶときは、友だちとして遊ぶんだ。で、ミイちゃんが困ったときには、コッソリ手をかす。だって、みぃちゃんだって、自分で頑張りたいだろ? 何でもかんでも手助けすると、みいちゃんはお礼を言いながらも、どこか悲しそうだから、みんなで話し合って決めた。
できるだけ、見守ること。そして、コッソリ手をかすこと。
それが正しいか、どうかなんて、僕らにはわからないけれど、これでいくしかない、って思った。
まるで、親衛隊? みたいだね、なんて、誰かが笑った。
それでいいじゃん、むしろ、近衛でいいよ、と、僕らも笑う。
みぃちゃんは、美人でもないし賢いわけでもないし、本当に普通なんだと思う。
だけど。
今の御時世、ごく普通に育って、ごく普通に幸せな空気を醸し出せるお嬢さん、なんて、いるんだろうか。
ごく普通ってのが、ものすごくすごいことなんじゃね? と、僕らの中では意見が一致している。
みんな、少しずつ、どこかがずれた家庭の中で、少しずつずれた環境のなかで、それなりに育ってきた。
それを不幸だ、なんて、誰も思わないけれど、ごくごくまっとうにまっすぐ育ったみぃちゃんは、どこかほっこりとした空気を醸し出してるから、そばに居て、とても居心地がいい。
僕らは、特に男連中は、たぶん、みいちゃんのことが好きだ。
でも、それが恋愛感情なのかどうか、といわれると、みんな首をひねる。
むしろ、兄のような、もっといってしまえば、父のような。
もし、みぃちゃんに彼氏ができたら、その相手はとても大変だ。
なにせ、相手を見極めてやるぜ! と手ぐすね引いてる連中が、ぞろっといるわけだ。
僕らは、その先行隊なのかもしれない。だって、いつでも身近にいるからね。
じいちゃんらなんか、「ひぃさんにケソウするやつなぞ、たたきつぶせー」って血気盛んだしね。
ケソウって、言葉が古いよ、じぃちゃんたち。
まぁ、叩き潰すことはしないけれど、みぃちゃんに青春のエネルギーをぶつけるやつらは、ひっそりと排除してる。
そのくらい、いいよね。
僕らは時々、なんでこんなにみぃちゃんのことが好きなんだろう、って話し合う。
僕らは時々、僕らの思考がやりすぎてないか、いきすぎじゃないか、と、話し合う。
ぼくらはどこか普通じゃなくて、普通だけれどどこか歪で、みんな自分に自信がなくて、だから、みんなで集まって話し合う。
だって、みぃちゃんのことが大事だから。
だからこそ、みぃちゃんのため、なんていいながら、みぃちゃんに害なす存在にならないように、話し合う。
大事な大事な、僕らのおひぃさまが、いつでも笑顔でいられるようにするのが、僕らの一番の目標だ。
彼女が笑っていられればいい、と、僕らはいつも、願ってる。
そして。
僕らはもうすぐ、受験を迎える。
そして、みんなそれぞれ、いろんな学校へと散っていくだろう。
ばらばらになるけれど、きっと、僕らにとってみぃちゃんは、いつまでもおひぃさま、だ。
もしも、彼女に何かあったら、きっと、僕らは集まるだろう。
男も女も、年上も年下も、関係なく、きっと僕らは集まるだろう。
うちの隣の家にすむ、可愛い可愛いおひぃさま。
彼女がずっと笑っていられるように、と、僕らは、ただ願うのだった。
スポンサードリンク