[掌編]誕生日にはラーメンを。
2013.02.07 Thu [Edit]
PhoTones Works #314 / PhoTones_TAKUMA
「ラーメンが食べたい」
「……え?」
真顔で、まっすぐに、真剣に伝えられたその言葉に、僕が一瞬聞き返したのは、別段、不思議なことではないと思う。
聞き間違いだろうか。そうだろう、そうに決まってる。
「だ、か、ら。ラーメンが、いい」
きゅ、と、唇を引き結んで真剣にこちらを見つめる彼女に、聞き間違いじゃなかったと、僕は知る。
「あー、ええと。じゃあ、ラーメン。行こうか」
「うんっ」
嬉しそうに笑う彼女に、ま、いっか、とは思うものの、どこか釈然としない気持ちになるのは、仕方がないと思う。
「うー、おいしかったぁ。こってりとんこつ、バリカタ!」
くふふ、と、満足そうにわらいながら、さむい冬の夜空のした、彼女がくるりとご機嫌で回る。
「喜んでもらえてよかったよ。――うん、よかった」
ごきげんな様子に、ああ、かわいいなぁ、とは思うものの、ちょっとばかり残念なのは否定出来ない。
だって、誕生日だぞ。
だいぶ前から、気合入れてプレゼントも用意して、お店を予約しようかと思ったけれど彼女の食べたいものの方がいいだろうからと、しっかり予算繰りをして、気合を入れていた誕生日だぞ。
仕事帰りだから、スーツのままだけれど、それでも微妙に気合を入れた格好をして――まあ、ラーメン食うのに変ではない格好だけれど――さて、と思った僕に、「ラーメン!」である。
ラーメンを否定するつもりは、ない。大好きだ。ああ、ラーメンも好きだとも。
けれど、ほら、なんといえばいいのか。コジャレたレストランでも、ちょっといい雰囲気の和食屋でも、ちょっと砕けて居酒屋でも、もっと言えば焼肉でもバイキングでもホテルディナーでも、どんとこい! だったのだ。
だが、彼女が選んだ誕生日ディナーは、ラーメンである。
構わない、構わないのだけれど、僕の気持ちの空回り具合が、ものすごいのはしかたがないことである。
ふらり、ふらりと、夜の繁華街を、駅に向かって歩く。
ふたりとも、住処は駅近くである。ゆえに、近くに繁華街もあり、食事をする所などに困ることはないのだけれど、と、街頭やネオンで、星のみえない空を見つめて、白い息を吐く。
ラーメンは、うまかった。とんこつ派の彼女が好む、お気に入りのラーメン屋さんである。以前にもお伴したこともあるし、うん、イイ店だとは思うんだけれど、彼女の誕生日をゴージャスに祝いたい! と、思っていた僕としては、若干残念なだけだ。若干である。うん。
彼女は喜んでるし、ごきげんだし、かわいいからいいじゃないか、と、思って小さく笑う。
それに気づいたのか、彼女がこちらを振り返り、そして、同じように小さく笑った。
「翔くん、ラーメンおいしかったねぇ」
にこにこ、ご機嫌なまま、弾むような彼女に、ああ、と、頷く。
「ああ、美味しかったな」
うんうん、と、ご満悦な彼女は、むふふー、と、嬉しそうにもう一度笑う。
「誕生日に、大好きなラーメンを、大好きな人と食べられるとか、さいっこうだよー」
子どものように、わーいと手を上げて彼女が笑うから、僕は一瞬、言葉に詰まる。
大好きなラーメンを大好きな人と食べたから最高だ、と、笑う彼女に、言葉を失う。
ああ、本当に、僕は空回りだ。
彼女を喜ばせたいとか、ゴージャスに祝いたいとか、空回りがすぎる。
そうだ、彼女は、こういう子だった。そして、僕は、だから彼女に惚れて、どっぷりだというのに、なんてことだろう。
さり気なく自分が、自分勝手な気持ちに囚われてたことに気づくと、苦笑しか出てこない。
ああ、もう。
いたたまれないような、けれど、逆にこの上なく彼女が愛しいような、なんとも言えない複雑な気持ちに囚われて、その気持ちのままに前を弾むように歩く彼女の手を引く。
「ん? どーしたの、翔くん」
きょとん、と振り返る彼女を、そのまま抱きしめる。
「むぎゃ。ちょ、ちょっと翔くんまってまって、ここ往来、ひと目があるから! ひと目がないとこならば、私的にもやぶさかじゃないけれども!」
わたわた、と、抱きしめられて奇声をあげ、ぱふぱふとこちらの背中を叩きながらも、妙なことをいう彼女に、笑いが漏れる。
ああもう。ひと目がないならいいっていうのか。やぶさかではないって、ほんとに、もう。
一度強くむぎゅ、と、抱きしめてから、彼女を開放する。
少々苦しかったらしい彼女は、胸に手を当てて、呼吸を繰り返して、そして、じっと僕を見上げてきた。
「翔くんてば、激しいんだからー。もー、かなりドキドキですよ!」
冗談めかした言葉のあと、くるり、と身を昼返してかけ出す彼女の耳は、ほんのりと赤くて、少しだけ嬉しくなる。
少し離れた所で立ち止まってこちらを再度振り返る彼女を少し早足で追いかける。
さて、もう一度捕まえて、今夜はしっかりお持ち帰りをしなければ。
ひと目がなければいいらしいから、しっかりと抱きしめよう。
そして。
明日は休みだから、昼からでも買い物に出よう。
二人で、指輪を選ぶのだ。
僕の好みだけじゃない。彼女と一緒に選ぶ指輪を。
もしかすると、彼女はとんでもなく安い指輪を選ぶかもしれない。高い指輪かもしれない。
けれど、きっとそれは、彼女がいいなと思うものに違いなくて。
だから、僕だけで選ぶよりは、間違いなく、最高の婚約指輪になるだろう。
誕生日にはラーメンを。
僕は、そんな彼女を一生捕まえるために、心の中でひとり、決意とともにひとり笑うのだった。
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