[掌編]スマイル! スマイル!
2013.02.02 Sat [Edit]
so happy smiling cat / [puamelia]
大きく息を吸って。
3つ数を数えたら、私はそっと口角をあげる。
スマイル。
笑顔があれば、なんとかなる。
笑顔でいれば、きっと、なんとかなる。
私はずっと、そう信じていた。
――いままで、それで、生きてきたから。
「――大丈夫か?」
「え、何か?」
僅かに首をかしげてみつめる。
心配そうに私をみているのは、最近知り合ったどこぞの大学の3年生とかいう、男。
コンパに数合わせで付き合わされたあと、何やら偶然とやらでやたらあちこちで、会うようになった、男。
最初は、追っかけてきてるのかな、なんて、ちょっと自意識過剰気味に思ってたんだけど、どうやらそうじゃない。
微妙に行動範囲がかぶってるんだと、気づいたのは最近の事だった。
で、まあ。
映画館だったり、書店だったり、電器店だったり。
何度も顔を合わせていれば、まぁ、お茶でも、と、そのうちになるのは成り行きか。
気がつけば、彼とは、お茶友達のようになっていた。
恋愛じゃない。友達。
でも。
私だってオトメですから。
これだけ、偶然とはいえ、何度も何度もいろんな場所で、待ち合わせなく出会えてれば、それなりに、ね。
気持ちは動いてしまうわけですよ。はい。
趣味が似ている。好みが似てる。
彼が勧める映画は、ハズレがないし、彼が買う本は、あたりが多い。
これって意外と貴重なのですよ。
本が趣味、映画が趣味、っていったって、好みのジャンルが違うと、これまた趣味が全く違う人間よりうまくいかない不思議。
これ、私の実体験ね。
趣味が近すぎるけれど違いすぎて前の彼とわかれた時も、私は笑顔だった。
スマイル。スマイル。
元彼は、悔しそうで、でもどこかホッとした顔をしてた。
――悲しくないわけじゃ、なかったんだけど、ね。
そんな私の気持ちにまるっと気づかれなかったのは、ちょっとホッとしたかな。
めんどくさい女、なんて、思われたくないしね。半端なプライドだけど。
でも。
この男。この、最近良くあうこの人は。
私の笑顔に、大丈夫か、って聞く。
私の笑顔に、そんなこと言った人ははじめてで。
ちょっと、いやかなり、動揺したのは否定出来ないかもしれない。
「……まあ、いいけどさ」
ふう、と息をついて、視線をずらす彼に、ほっとする。
突っ込むな、突っ込まないでくれると嬉しい。
だって、これは私の処世術。
大丈夫か、といわれると、ええ、うん、確かに、こう、割りと毎週のように会ってるのに、どういう関係でもないこの状況にぐらっと揺らいでたりしますよ。
ええ、不安いっぱいですよ。
でも、さぁ。
”私って貴方のなんなのっ!” みたいな、そんな昼ドラみたいなこと、言えっこない。
言えてたら、私、前の彼と別れてない気がする。
いや、別れてよかったとは思ってるけど。じゃなくて、そういうことじゃなくて。
とりあえず、素知らぬフリして、手の中の、キャラメルマキアートを、一口。
あたたかくて甘い、これが大好き。
ほっと息をつくと、顔が緩む。
人間、好きなものを前にすると、気が緩むよね。
「ああ。――そっちのがいいよ」
「え?」
視線をあげれば、彼が笑ってた。
穏やかに、嬉しそうに。あ、ちなみに彼は、シルバーフレームのめがねを掛けてます。まぁどうでもいいことだったかしら。
少し、めがねをなおすような仕草をして、そして。
「いまみたいな、ほっとした、緩んだ顔。そっちのが断然かわいい」
「――はっ?」
いま、このお人は、なんとおっしゃいましたですか?
呆然、と、見つめ返せば、彼は楽しそうに笑う。
「ああ、なんだか、やっと素の君を見れてる気がする」
そういうと、優しい目で、私を見つめて。
「素、って」
「うん。頑張ってる笑顔も、すごい素敵だから、気になってたけど」
言葉を切る彼に、思わず、息を飲む。
そして。
「今のゆるっとした笑顔見たら、完全に落ちた。なので、付き合ってください」
ぺこり、と。
まちなかの、休日の、昼下がりのカフェ。
周りに人がいっぱいいる中での、告白。
「え。っ、はぁぁぁ?」
思わず、驚いてわたわたしちゃっても、仕方ないよね?
一瞬で周囲の視線を集めた私に、彼は少々慌てて、その慌てっぷりがなんだかおかしくて、今度は私が笑う番。
ああ。
――実は私も、彼のそのゆるっとした笑顔が大好きなんだ、っていったら。
彼は、どうおもうだろう。
ちょっと驚いて、少したじろいで、視線を彷徨わせて。
少し赤くなりながら、でも、私の大好きなゆるっとした笑顔で、お礼をいってくれるんだろうか。
大きく息を吸って。
3つ数を数えたら、私はそっと口角をあげる。
スマイル。
笑顔があれば、なんとかなる。
笑顔でいれば、きっと、なんとかなる。
私はずっと、そう信じていた。
――いままで、それで、生きてきたから。
でも。
もしかすると、彼の前では。
何もしなくても、自然と笑顔でいられるかもしれない、と。
じわり、と胸に湧き上がる温かい気持ちに、幸せを感じた、昼下がりのお話。
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