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[掌編]ゆりかごのうた

2013.01.23 Wed [Edit]

Gatito con su mami
Gatito con su mami / seiho



小さな頃、かあさんがうたってくれた。
やさしいやさしい、こもりうた。
陽だまりの中でうとうととまどろむような、ふんわりとした毛布に包まれるような、そんな心地よさの中で。
いつも聞いていたあの歌が、私は何よりも大好きだった。

かあさん、かあさん。

今日、私は、花嫁になります。



ドレスは、白く。長くたなびくベールは、ふわりと柔らかく。
鏡の前で私は、静かにそれを見つめる。

お似合いですよ、と、声が聞こえたきがして、ええ、と、返した気がして。

だけど、心は、どこか遠くへと、流れているような気がした。


鏡の中の私は、ずっと昔、アルバムの中でみた、母の姿にそっくりだった。


今日、私は、大好きな人の元へ、嫁ぐ。

子どもの頃からずっと近くにいた、そして遠く離れたあと、偶然に再開した、幼馴染ともいえる彼の、妻となる。

ずっと私を育ててくれた父は、どこか安堵したように、けれどどこか寂しそうに、幸せになれと、送り出してくれた。

ずっと、ひとりで私を育ててくれた父の元から、私は今日、飛び立つのだ。


――幸せ。

それは、間違いない。

けれど、このどこからともなくふわり、と、沸き起こる感情は、一体何なのだろう。

不安?

それとも――悲しみ?

マリッジブルーだとでもいうのだろうか。結婚式当日に? そんな、笑えない。

向こうのご両親も、私のことをよく知っていてくださって、それは完全に実の親のように、とはいかなくとも、それでも、かなり恵まれた環境だと、しみじみ思う。
父の元から離れる寂しさ? そんな遠くへいくわけじゃない。会おうと思えばすぐに会えるのに。

――幸せ?

幸せに違いないのに、私は、どこか、不意に足元が崩れてしまうんじゃないかと、意味の分からない不安に、いま、激しく襲われていた。


「お、用意終わった?」

こんこん、と、ノックの音。
視線を向ければ、きっちりとタキシードに身を包んだ、彼がいて。
どこか居心地悪そうに、首元のあたりを仕切りと触りつつも、こちらを見ていた。

かちり、と、視線が合う。一瞬、驚いたように丸くなった彼の目は、すぐに嬉しそうに、幸せそうにとろけた。

つられて、笑みが浮かぶ。

――でも、どこか、それは、ひきつってしまっていて。

一瞬、不思議そうに首をかしげた彼は、するりと中に入ってきて、隣に立つ。

鏡越し。

彼と視線を合わせる。

「すんごい、綺麗。俺、幸せもんだ」

やわらかな声。

「ん、ありがと」

「――具合、悪い?」

首をふる。具合が悪いわけじゃ、ない。ないけれど。

彼は、心配そうに私を見つめて。そして。

後ろからそっと抱きしめるように、服にしわを寄せないように気をつけながら、私のお腹のあたりに、手を触れる。

「今日いちにちは、いい子にしててくれよー。ままのために、たのむぞー」

そっと、優しく。いたわるように、手で触れながら、囁く。

「だいじょうぶよ、つわりもないし」

「そう? なら、いいけど」

むう、と、眉をよせつつも、彼は、私を抱きしめたまま。


「――ギリギリになって順番狂ったみたいになっちまって、ごめんな」

首を振る。

妊娠してることがわかったのは、結婚式の直前になってから。
慌てる周囲をよそに、大丈夫と言って乗り切ったのは私。
だって、本当に、あと数日ってところだったから。

つわりらしいつわりもなく、あれ? と思っていってみたら、という、そんな状況。

そのまま乗り切れ、とばかりに、驀進してきたのは私だというのに……。

「だいじょぶ。具合も悪くないし、平気よ」

そっと首を後ろに傾けて、彼を見上げる。

ほんとに? と、心配そうに見つめる彼に、ほほえみかえす。

今度は、普通に笑えたはず。

じっと、私を見つめた彼は、やがてひとつ、ふっ、と息を漏らすと、私の額に一つキスをくれた。


「がんばらないで、いいからな。なんかあったら、なんでもいって。解決してみせる! とか、かっこいいことはいえないけど、ちゃんと、俺は話聞くから。ずっと、一緒に考えるから」

ゆっくりと。囁くように。

思えば、彼はずっと、こうして私に、言葉をくれた。
穏やかに、ゆるやかに。静かに、言葉をくれた。

ふ、と、肩から力が抜ける。
そのまま、そっと、体を彼に預けるように力を抜けば、後ろの彼は、危なげなくそのまま、支えてくれて。


――ちょっと、不安が、軽くなる。


妊娠中は、情緒が不安定になる、っていうけど、これもそのせいなんだろうか。

お腹の上においたままの彼の手に、そっと、私も手を重ねる。


小さな頃、かあさんがうたってくれた。
やさしいやさしい、こもりうた。
陽だまりの中でうとうととまどろむような、ふんわりとした毛布に包まれるような、そんな心地よさの中で。
いつも聞いていたあの歌が、私は何よりも大好きだった。


そのまま、じっとしていると、背中から彼の心音が聞こえる。優しい、穏やかな、心音。

ああ。
きっと私は大丈夫。きっと、幸せになっていける。

――そう、だって、こんなにいま、幸せなんだもの。


お時間です、の声に、彼に手を取られ部屋を出る。

「ねぇ、かあさんも、喜んでくれてるかしら」

そっと囁けば、彼は、もちろん、と笑った。

「きっと。喜んでくれてるさ」


きっと、私は、うたうだろう。
かあさんが歌ってくれたこもりうたを、このまだ宿ったばかりの愛しい命のために。

彼と目を交わし、微笑む。


――きっと、幸せになる。

彼と、二人なら、きっと。

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