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[掌編]だから僕は、小さく笑った

2013.01.22 Tue [Edit]

Mikey and Sammy, Best Friends Forever
Mikey and Sammy, Best Friends Forever / gsloan



寒い冬は、布団から出るのがこの上なく億劫だ。
暖かい布団の中で、ずっと眠っていたいという誘惑から逃れるのは、毎朝とても骨が折れる。

それでも、「布団から出たくないので仕事を休みます」などという言い訳はさすがにどうかと思うため、なんとか気合を入れて、布団から起き上がる毎日である。

「だったら、暖房を入れておけばいいじゃない」

呆れたように眉をあげる、上司でもある彼女に、僕は、小さく笑う。

「もったいないじゃないか」

本当は、それだけじゃないんだけれど。


「呆れた。節約してて遅刻、なんて、そんな無責任な真似はしないでちょうだいよ」

「大丈夫、したことないはず」

これでも、無遅刻無欠勤、で、これまで来たのだ。
ありがたいことに、風邪を引いたり都合が悪くなるのは何故かシフトが休みの日である。
どうしても、の、事情もすべて休日に起こるのだから、いったいどうなってるんだ、と、我ながら不思議である。
お陰で勤怠は、とても成績優秀な僕である。

そんなことはどうでもいいのだけれど。

「なら、いいけど」

彼女は、ちらりと時計を見上げると、深く息をついて、立ち上がる。


さあ、始業の時間だ。
気合を入れ直すと、同じく立ち上がる。

これから朝礼だ、と、みると、ちらり、と、彼女がこちらをみて。

「帰り、今日は残業なしだから」

どうやら、今日はデートのようである。


彼女と、僕は、同期である。

同期であるが、どうやら彼女はとても、とてつもなく優秀であったらしく、いつのまにか彼女が上司である。
なんということだ。しかしながら、この業種、割りと女性の方が向いてるというか、メンバーの8割以上が女性なのだから、それも当たり前なのかもしれない。

男性は、僕を含み、数えるほど。トップがかろうじて男性だけれど、という、なんとも不思議な業界である。

まあ、コンタクトセンターなんて、基本同じような所ばかりのような気がするけれど。


残業はなしだから、の、彼女の言葉通り、今日はどうやら、帰り間際に捕まることもなく他の業務もなく、無事に定時に帰宅できるようだ。

すべてを終えて、それぞれのロッカーで準備を終えて、待ち合わせは少し離れた駅の居酒屋で。

そう、女性が多い職場ということは、イコール、色々と気遣うことも多いのである。

別に、付き合ってるからといってあれこれどうこうと、問題はないはず、なのだけれど、そこはそれ、女性が多いだけに、万難排したほうがよかろうという意見のいっちからの行動である。

――まあ、知っている人は知っているのだから、どこまで意味があるのかはわからないけれど。


いつもの居酒屋。チェーン店ではない、昔からここにあるらしい居酒屋は、居酒屋のくせに料理がうまい。
のんびりと飲みながら、遅めの夕食を二人で食べて、時間を過ごす。

明日は、珍しくふたりともシフトが休み。

何もなければ、呼び出しもないはず、と、ここのところ業務も落ち着いていることからそう結論づける。

ならば、お持ち帰り一択。

そしてそれを提案すれば、きゅ、っと彼女の眉が寄る。


「……朝寒いのって、嫌なのよね」

そんな理由ですか。

「暖房を入れないわけじゃないし。朝は切れてるだけで」

「いや、なぜ朝にタイマー予約とかしないの? 節約?」

「まあ、そんなもん」

それだけじゃないんだけど、と、グラスを空ける。

眉をよせた彼女は、どこか不機嫌そうに見える表情で、グラスの中を凝視してる。

でもこれ、不機嫌なわけじゃない。困ってる? 戸惑ってる? そんな時の彼女の顔だ。

しばらく、無言でぎゅっと眉を寄せてた彼女だけど、ふ、と、息をつくと、ぱっと眉根のしわを開放した。

「ま、いっか。んじゃ、お泊りさせてもらおう」

彼女の中で果たしてどんな考えが沸き上がってそれが解決したのか。とても気になったけど、それを聞くよりも彼女をお持ち帰りするほうが大事だ、と、懸命にも無言を貫く僕だった。


部屋は、ガスファンヒーターが入っている。あまり広くない、1DKの部屋。

寝室に、ダイニングキッチン。それだけ。

ダイニングが広く、ギリギリリビングと言えなくもないところと、ちゃんとバストイレ別の脱衣所つきの風呂場が気に入って選んだ物件だったりする。
築年数がたってる割には、隙間風もなく、なかなかの部屋。

お持ち帰りした彼女と、暖かな部屋でくつろいで、過ごして、共に寝る夜。

シングルのベッドは、さすがに狭くて、でも、その分、彼女が近いから、悪くない、と、思ったりもする。


そして。

「――ん」

朝。

わざと朝日が差し込むようにほどほどのものにしているカーテンから差し込む朝日で、ぐっすりと眠っていた彼女が、微かに動きだす。

早めに目が覚めた僕は、隣にある温もりに緩む頬をそのままに、じっと彼女を見つめていた。

ゆっくりと眉を寄せた彼女は、そのまま、温もりを探すように、僕に擦り寄ってくる。

僕は、温もりを確かめるように、それを抱きしめる。

「……さむい」

ぽつり、と、寝ぼけたような彼女の声。

「ひっついてたら、暖かいだろ」

そっと囁けば、一度うなづきかけて、そして、彼女ははっとしたようにぱっちり目を開く。

「おはよう」

ぱち、ぱち、と彼女が数度瞬く。

「ええ、おはよう……っていうか、もしかして、朝暖房を入れないのって」

僕は、小さく笑う。

「さあ、どうだろう」

じっと僕を見つめて、そして彼女はやがて、深々とため息をつく。

「もう、なんだ、そんな理由なの。てっきり貴方ってものすごい節約家なのかと思ったじゃない。それだと結構きついかなって――」

はっ、と彼女は、口をつぐむ。どうやら、目覚めているようで、未だ寝ぼけていたらしい。


だから、僕は、小さく笑った。


「きつくなんてないさ。だから、嫁に来れば?」


呆然、それから、歓喜、それから、腹立ち。

くる、くる、くると変わる彼女の表情をみて、僕は、幸せだ、と、思う。

寒い冬は、布団から出るのがこの上なく億劫だ。
暖かい布団の中で、ずっと眠っていたいという誘惑から逃れるのは、毎朝とても骨が折れる。


――だけど、その暖かさを、ギリギリまで堪能したいから。

――二人になればなお、その互いの温もりを感じていたいから。


いままではひとり。

これからはふたり。

そして、いずれは、また家族が増えていく。

小さなしあわせ。
それが、きっと、増えていく。

「もう、もう、もうーっ!」

言葉が出ないように、けれどどこか嬉しそうに笑う彼女の姿に、幸せだ、と、僕は思う。


だから、僕は、小さく笑った。


胸のうちに溢れる、しあわせなきもちが、こぼれ落ちたかのように。

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