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[思考]「子どもを叱る」その根底にある思い

2013.01.13 Sun [Edit]

なぜ、子どもを叱るのだろう




子どもを叱ることは、毎日のようにあります。
むしろ、どちらかというと感情の起伏の激しい私は、叱るというよりも怒るという事の方が多いかもしれません。

怒りすぎた、と思うことも多々あるし、そんな時は反省だけでなく落ち込みもします。

それでも、気を大きく持とうと思っても、あれこれと注意したり、それを繰り返してもダメなら叱ったり。

なぜ、こんなにも、細々言ってしまうんだろう、と、考えた時、やはりそこには「子どもの為」という、ある意味、親のエゴでもあるけれど、それでもやっぱり、生きていくために身につけてほしいあれこれ、というものが、意識のそこにしっかりとあったんだなぁと、そう感じたのでした。


叱ると怒る


「怒る」は、感情をそのままぶつけること

「叱る」は、事のよしあしを相手にしっかりと教えること

どこでだったか、そんふうに書いてあるのを見たことがあります。
フェイスブックで、同じようなことを書いた画像を見かけたことがあります。

これを見た時、なるほどなぁと、しみじみ思ったものです。

私は、ちゃんと叱れてるだろうか。
どちらかといえば、注意を繰り返し、それでもその注意されたことを改善しようとしない息子に、イライラして、感情のままに怒っているように思います。
即、怒ることは、さすがにありませんが、注意をしても聞かない、優しく注意をしてダメだから、大きな声で怒ることになる、という事の繰り返し。

これってどうなのかなぁ、と、反省しきりです。

たぶん、間の「叱る」がうまく出来てない。

注意して、聞かなかったらちゃんと説明する。それが必要なのじゃないかなぁと。思いはするものの、なかなか難しいところです。


なぜ、子どもを叱る、怒るのか


子どもを叱ってると、そんなに言わなくても……と、言われることもあります。
確かに、過剰に叱ってるなぁと、反省する部分がここにも有りはするのですが、でも、言わないで置くのはどうなのかなぁと悩ましい。

なぜ、子どもを叱るのか。

片付けなさい。ちゃんと使ったら元に戻しなさい。わすれものがないか確認しなさい。暴れちゃダメ(我が家はアパートの2Fです)、などなど。
繰り返し告げる内容はこれが多いです。何度も繰り返し繰り返し、最初は注意から、繰り返し注意してダメだったら、大きな声で怒ってしまいます。

怒ったとで、ああ、やっちゃった……となるのですが、そこまで怒らないと、なかなか通じない。

私の育て方が悪いのか、うちの子が特別のんきなのか(叱られるまでのほほん、叱られても後を引かない)わかりませんが、それにしたって、これは悩ましい。

上で書いたように、おそらく「叱る」ことがうまく出来てないんだろうな、と。

なぜ、そうしなければならないか、なぜ、それをするべきなのか、が、未だ理解できていない。

そう考えた時、あれ、私がそれらを理解したのって結構遅くなってからだよな、と、気づいて愕然。

そりゃ、子どもも理解できないわ、私の子だもん。と、項垂れたのは割りと最近のことです。


それでも、私は言わずには居られない。


なぜなら、その気づくのが遅かった私は、本当に本当に遅かった私は、そのせいであれこれ、周囲に迷惑をかけ、更にはかけたことに気づかないで、なんでだろうなんでだろうと、思い悩んでいたから。気づいたら単純なことだったんだけれど、どこか抜けてたのか、気づくのにものすごい時間がかかった私です。

ちゃんと伝えることができて、ちゃんと子どもが、すこしずつでも理解できたら、そんな思いをすることがないんじゃないか、とか、そんなふうに考えてしまう。

だからついつい、こまごまと、叱るつもりで失敗して怒ってしまう。

結局、なぜ子どもを叱るのか、怒るのか、といえば、子どもにいらん苦労をしたりしないでほしい、とか、困らないように育ってほしい、とか、そういった親としてのある意味過保護な感情からなんだろうなぁ、と、思います。

もちろん、必要なしつけ、というか、生きていくために必要な基本的なあれこれ、というものを身につけてほしい、と、思ってのことでもあります。

そして、急にあす、私に何かあって、子どもたちを残してしまうようなことになっても、子どもたち前を向いて行きられるように、さらに言えば、子どもたちが恥ずかしくないように、という思いがあるんだろうな、と、ふと、今日気づきました。

親のエゴです。超エゴだろうな、とは、思います。

こどものころ、アレほどうるさかった親の小言も、いやもちろん、親だって人間ですから感情の起伏やらあれこれあったなぁとは思いますが、それでも、いま思えば必要なことしか怒られてないよなぁと、そう思うのは、自分が親になったからでしょうか。

確かに、叱り方に問題がなかったとはいえないけれど、親に言われたことはいま思えばなるほどごもっとも、な、事で、子どもに対して叱ったり起こったりしてる時、全く親に言われたことと同じ事を自分が口にしてるのに気づいて、時々がっくりと項垂れそうになることもあります。

それでも、今の叱り方というか怒り方は、今後反省して改善していくにしても、子どもに対して注意したりしていく内容というのは、結局のところ、変わらないんだろうなぁと、そう思います。

子どもが、生きていく上で、これだけはと思うことだけでも、間違わないで済むように、困らなくて済むように。

結局、親の思いというのは、そこに尽きるのかもしれないな、と、思う私です。


子どもをきちんと叱れる人でありたい


最初に書いたとおり、私は割りと、感情の起伏が激しいです。
大声を出してしまいます。できるだけ注意してても、「やめなさいよ」じゃ、止まらないんです。やめなさいよ、程々にしなさいよ、もうやめようね? と、子どもたちの喧嘩というかつつくりあいというか、そういうのを最初は優しく注意してても、止まらないんです。子どもたちって。うん、私も止まらなかった。

で、やめなさい! と結局大声を出す。これがまた、きつい。出したくないんですよ、大声なんて。でも、出さざるを得ない。

五月蝿いから静かにしなさい、ご迷惑になります! と叫ぶ私の声が迷惑だよ、と、凹むことも度々。

だから、難しかもしれないけれど、もっとこう、子どもにわかるように、上手に叱れる親になりたい。

叱らない親、じゃなくて、ちゃんと必要なときに必要なように、きちんと、叱ることの出来る親でありたいと、そう、しみじみと思います。

なぜ、叱るのか。
子どもにどうあって欲しいのか。それは、親のただの希望や理想からではなく、本当に子どもの為のものか。

それを忘れずに、これから、なかなか難しいでしょうしまだまだ大声を出すこともあるでしょうが、ぼちぼちと精進して行きたいなぁと、そんなふうに思う私なのでした。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

ぼちぼちと、まいります。

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