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[掌編]さよならと、そして。

2013.01.10 Thu [Edit]
失いたくない、と、思っていた。
もし、失ってしまうのならば、きっと、泣いて喚いて、みっともなくすがりついてしまうだろうと、ずっと思っていた。

――なのに。

「うん。分かった」

幸せにね、とは、さすがにいえなかった。


申し訳なさそうな、けれど、どこかホッとしたような顔をした男に、小さく笑う。

さよなら、先輩。ずっと、大好きでした。


RIMG0796
RIMG0796 / vaboo.com



先輩と私が、付き合うようになったのは、卒業式のあと。
ずっとずっと、大好きで、憧れていて、それなりに仲良くしてもらっていた先輩と、このまま会えなくなるのがいやで、卒業式、こっそりと中庭で、告白したのが始まりだった。
必死で紡いだ言葉に、驚いたように目を見はって、そして、くしゃりと顔を笑顔に変えた先輩は、ありがとう、と、返してくれて。

そして、私と先輩は、彼氏と彼女になった。

高校3年生と、大学1年生。

それまでは、高校2年生と、高校3年生、ただの先輩後輩、たったひとつの歳の差、と思えていたものが、大学と高校と別れた途端に、なんだかすごく大きいものように思えてきたのは、なぜなんだろう。

大学の1年生って意外と忙しいんだな、と、メールやたまのデートで交わす会話で気づいて、そして、その内に今度は、私が受験で本格的に忙しくなって。

時々、先輩の電話の後ろに、同じ大学の同期らしき女性の気配がしたりとか、デート中にメールが来たり、とか。

なんとなく、そんなふうな予感は、あったし。なんとなく、そんな気配はあった、ような気がする。

受験生に年末年始はない、と、去年の夏から通っている進学塾の、年末年始強化コース、なるものに参加するために、先輩とあけましておめでとう、のやり取りもなかなか難しかったお正月。

うん。
その頃には、なんとなく、わかってたような気もする。

迎えに来てくれた父の車にのって、帰り道。

確かに、先輩の姿をみた、と、思う。

楽しそうな、表情。

隣に立つ、一人の女性。

車道から彼女をかばうような立ち位置、そして、そっと寄り添う、頼りきったような風情の、女性。

ほんの一瞬、すれ違うだけの間だったというのに、それだけを見て取った私も、たいがいだな、と思う。

こう知るオトメって、我ながら怖い、と、ひとり部屋にこもってから、笑った。

涙が、両目から溢れるのを、止められないままに、笑った。

好きだった。

先輩のこと、大好きだった。

ずっと好きで、会うたびにどきどきして、もっと好きになって。
失いたくないと、わがままも言わないで、一生懸命だった。

きっと、別れようといわれたら、泣いてしまう。

泣いて喚いて、すがりついて、みっともないことになってしまうだろうな、と。

はらはらと涙をこぼしながら、そう思っていた。

――どこかで、もう、これ以上は続かないんだろうな、と、思ってた。



久しぶりに会いたい、と、言われた日。

電話で告げられたそれに、明るく嬉しそうに答えながらも、私の心のどこかは、キンと冷たく凍りついていたような気がする。

嬉しい。会えるのは嬉しい。

でも、同じくらい、悲しい。

いつもどおり、待ち合わせて、少しだけまちを歩いて、本屋さんによって。
カフェで、お茶をする、私が受験生になってからは定番になったちょこっとデート。

その、カフェで。

「――ごめん」

先輩が、そういうから。

苦しそうに、申し訳なさそうに、そう、いうから。

私は。

――私、は。



失いたくない、と、思っていた。
もし、失ってしまうのならば、きっと、泣いて喚いて、みっともなくすがりついてしまうだろうと、ずっと思っていた。

――なのに。

「うん。わかった」

そう言って微笑む私の笑顔は、ちゃんと笑顔になってただろうか。

もうすぐ受験だし、とか。勉強に集中したいから、とか。思っても居ない言葉が、ほろほろ、ほろほろ、口からこぼれ落ちる。

ああ、そうだな、と、応援するよ、と、そう告げてくる先輩は、穏やかな笑顔で。

――先輩、苦しいよ。

――先輩、捨てないでよ。

私は、笑顔の奥で、ただほろほろと涙をこぼす。

「じゃあ、元気で」

そういって右手を差し出す先輩に、はいっ、と元気よく返事を返して、右手を握り返す。

伝わる温もり。私が大好きな人の、温もり。――これで、最後の、温もり。

じゃあ、と、そのまま別れて、反対方向に歩き出す。

振り返ることはしなかった。

だって。涙が止まらなかったから。


ずっと、ずっと好きだった。
誰よりも何よりも、大好きだった。

だから。

失いたくない、と、思っていた。
もし、失ってしまうのならば、きっと、泣いて喚いて、みっともなくすがりついてしまうだろうと、ずっと思っていた。

――なのに。

ぐっ、と目元を荒く拭う。

悲しくて。辛くて。――悔しくて。

「負ける、もんか」

負けるもんか。これ以上、ないてなんかやるものか。先輩が、驚くくらいいい女になってやる。後悔するほど、いい女になってやる。

「――負けないっ」

ぐっと拳を握って、そう呟いて。大きく息を吸って空を見上げた。

1月の青空は、キンと冷えた空気に青く透き通っていて。

私は、ちょっとだけ、笑うことができた。

――高校3年の、センター試験前の、思い出。



「考えると、ヒドイよね」

「確かに」

からりと、グラスに入った氷を揺らし、男は笑う。

「まあ、無事大学も先輩より上の学校に合格、会社もいいところに入れたし、奮起できたって意味では、よかったんだけどねぇ」

ゆっくりと、喉を焼くアルコールを楽しみながら、ため息を漏らす。

いったい、どうしてこんな話、私は今してるんだろう。

目の前で、男が、楽しげに目を細めて、グラスを傾ける。

「まあ、良かったじゃないか。――それに」

「……それに?」

「俺の時は、縋ってくれるんだろう? 泣いて、喚いて、すがりついて」

リズムを付けて、そう告げる男の様子に、ふん、と鼻を鳴らす。

「その前に、潰す」

「は、ヒドイなぁ、それは」

くすくすと、笑えば、同じように男も笑う。

「まあ――失わせることなんか、ないけどな」

そんな風に、男がいうから。

「さて、私が捨てるかもしれないけど、ね」

小さく、そう、笑い返してみる。

くっ、と笑みを男は深め、て。

「その時は、俺が、泣いて、喚いて、縋ってやるよ」

「あっは、本気?」


小さな行きつけのバーの、カウンターの片隅で。
いつものように、交わす会話。

――若いころの恋の思い出は、甘く切なく、胸に残って入るけれど。

「ああ、本気。まあ――これからもよろしく、ってことで」

「ええ、まぁ、よろしく」

かちん、と、グラスを、合わせる相手と。目を合わせて、微笑んで。

今が幸せなんだから、それでいっか、と、ひとり、小さく笑ってみた。


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