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[創作]原稿用紙5枚がちょうどいい

2012.11.24 Sat [Edit]

おおよそ2000文字。


This feel so good!
This feel so good! / Takashi(aes256)



私が文章を書く時、基準とする数字があります。
それが、原稿用紙五枚。おおよそ2000文字。
いつからそのカウントをしてたのかな、と、過去をさかのぼってみると、昔、文章の訓練だ! と、毎日原稿用紙5枚分の分量を書くことを自分に課していたことを思い出しました。

おおよそ云年前、10年くらいはもうたってるかもしれないほど昔の話ですが、思い出して愕然としました。

……昔から、ノルマを自分に課すのが好きだったのね、私。

そんでもって、続かなくて「私ってダメなのね……!」と自滅する。あ、自分で書いてちょっとがっくり来ました。

もう少し学習能力が欲しいな、と、思う今日この頃。

今日は、私が「ちょうどいい」と思う文字数について、思うことをつらつらと書いてみます。



掌編とは、原稿用紙10枚以内をいう


おおよそのくくりですが、10枚以内を掌編小説ということが多いようです。
文字数にして、4000文字ですね。こうして書くと、とても少ない。
場合によっては30枚以内、とくくる場合もあるようですが、私はおおよそ5枚から10枚程度の作品を掌編作品だと認識しています。
余談ですが、100枚前後だと短編、300枚超えると長編になるのでしょうか。
ケースバイケースで規定がありますので、一概にはいえませんが、おおよそのくくりで、私はそのように認識しています。

私の中で、一番小説のもとになってる分量が、掌編小説です。その最低単位が、原稿用紙5枚。
たった2000文字の中に、起承転結を詰め込んで話を作る、これが私にとっての「基礎練習」のようなもののようです。
ゆえに、何らかのかたちで書かない時期が続いたあとは、まず、この「掌編」を書くことでトレーニングというかリハビリを始めます。
無意識にか、これを繰り返していたせいか、長い小説でもネットに投稿するぶんに関しては、1話の分量が2000文字で落ち着いてしまうことが多いです。さすがにこれは短く感じるので書き足すことが多いですが、そのくらい、私にとっては「身に染み付いている文字数」なのかもしれません。

自分にとって心地良いリズム、というか、ちょうど2000文字位なら苦痛なく書ける量、ともいえるかもしれません。
ちょっと書くの辛くなってきたな、と、思ったら2000文字ぐらいだったということも多々ありますし、無意識にまとめにかかってるな、と、思ったらちょうど2000文字前後だった、ということもあります。

一番ラクな量、心地良い文章が、原稿用紙5枚。

読む方にも、ちょっと物足りないかな? くらいの分量なのかもしれませんね。


ブログ記事の文字数のこと


ブログの記事、となると、おそらく2000文字まではいってないんじゃないかな、と、思うこともあります。
ブログ記事の場合は、文章だけではなく、リンクなどが入ると文字数カウントが難しくなるので、なかなか数えにくいのですが、手元にあるリンクのない文章を今カウントしてみたところ、最小で1800、最大で2700でした。振れ幅がヒドイな。ですが、おおよその目安として、2000文字が真ん中に意識として、否、無意識にその文字数を打つように体ができている、ともいえるかもしれません。
本来、ブログなどの記事は、ある程度きっちりとねりこんで書くべきなのでしょう。
ですが、私はネタこそ、集めておいてありますが、書くときは割りと一発勝負的な部分があります。
どこかで、「好きで書いてるんだから好きなように書くんだ」というワガママな感情がありまして、作りこんでもうまく出来る自信がないのとか、いろんな気持ちの総集編として、一発書きをほぼ毎回実行しています。
ゆえに、最終的な文字数として、自分の中で一番心地よい、落ち着きのいい数字のあたりに記事の分量も落ち着くのだろうなぁと、いまふとそんなふうに思いました。
ある意味本能で文章を書く女です。本能です。なので、どうしようもないのです。


本能で文章を書くということ


本能本能いってますが、とどのつまり、書かずに入られない、めんどくさい、体調が、と、思っても、書いてしまう、という部分はたしかにあります。今日だって書かずに寝ようかと思ってたのに、書き始めるとすらすら手が動くのですから、ほとんど脳と手が直結しているとしか思えません。私の意識はどこに。いえ、書いてるのは間違いなく私なのですが、出てくる文章も間違いなく私なのですが、どこかで傍観している自分もいて、頭と脳の赴くままに文字を綴っている自分がいるのです。
ゆえに、本能で文章を書いている。本能だからどうしようもない、となるわけで。ああ、だから、ある程度の時期になると、ぱたりと書くことを辞めたくなるのもきっと、本能のせいでしょう。うん、そういうことにしておこう。

私の書く文章は、酷く荒れてるということはありませんが、整ってもいません。それはきっと、脳から溢れる文字を、いままでそれなりに培ってきた「それなり」の技工でねじ伏せてなんとか見せられる形にしているからかもしれません。
まぁ、そうはいっても出来がよろしくないのは、本能で書いたものをあとから理性と知識と経験で訂正せずにそのまま公開しているからでしょう。まとめが怪しかったりするのも、きっと、手の赴くままに文字を綴るからかもしれません。それでも、書くこと自体はないのです。それを「よりよいものにしよう」と思った瞬間、苦痛になるのですから、困ったものです。
やはり、楽しく本能のままに書くほうが、私にはいいのかもしれません。

つまりは、本能が心地よい枚数


原稿用紙5枚。おおよそ2000文字前後、という数字は、私の体に染み付いた、無意識でも書ける分量で、おそらく本能が一番心地よいと感じる枚数なのかもしれません。なので、掌編を書く時などは、最初の数行が書けさえすれば、例えできがどうであろうとも、つらつらと文字が出てきます。あくまで本能が書くものですから、時々、とんでもないひねりになったり、あとからタイトルを付け直したりすることになりますが、書けない時はその最初の数行すら書けません。ついでに考えすぎると書けません。とにかく書くんだ、と、文字を書き始めさえすれば、つらつらと文字数が増えていく不思議。もうこれは、自分でも本能で書いてるとしかいえません。
私が原稿用紙5枚を、2000文字を心地良いと感じる理由、それはきっと、本能に染み付いている無意識の、綺麗にまとまる最小単位の枚数だからなのではないかな、と、そんなふうに思うのでした。

ちなみにここまでで2600文字くらい。ちょっとオーバーしたけど、こんな感じな私なのでした。


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