[掌編]失われていた思い出
2012.11.07 Wed [Edit]
「どうして、もぉぉぉ」
今日に限って、と、悪態をつきながら学校へと戻る。
折角早く学校も終わり、ウキウキと街に出かける途中だったっていうのに。
私はどうしても、取りに戻らなきゃならない大事なものを思い出して、本屋を諦め泣く泣く学校へと戻ってきたのだ。
セーラー服はまだ着慣れない。中学生になったら皆、これを着るという。標準服。
カワイイかなという気もするけど、なんだかまだなれなくて、困ってしまう。
既に周囲は夕暮れが近い。最近は暗くなるのも早いから、とに書く急がなくては、と、早足で学校の階段を登る。
遠くでは部活の声が聞こえている。みんな頑張るなぁと、そんなことをつらつらと思いながら、私は教室に駆け込んだのだった・
「――ない、ないっ、なんでっ」
教室の机の中、後ろのロッカーを探したけれど、見つからない。
教壇の周り、ついでにおとしもの入れも探したけれど見つからない。
ないはずはないんだ。忘れたのは間違いないんだから。
そう思って必死で探すんだけれど、どこにもなくて私は途方にくれた。
「もしかすると、階段、とか、中庭、とか……」
いつも通るルートを思い出しながら、教室から飛び出す。
移動教室で使う階段、それに、学校への登下校とのときに使う階段を調べ、そのまま中庭に走り出る。
昼ごはんをここで食べることが多いんだけれど、と、しゃがみこんで地面を探し、ないだろうとわかっていながらも木の上を探すけれど、見つからない。
――どこ、どこにあるの?
次第に強くなる焦燥を押さえ込みながら、次は、と、考えたときに、ぱっと、思い浮かぶ場所があった。
「――図書室!」
そして私は、図書室へ向かって走りだしたのだった。
――外は、すでに綺麗な夕焼けの朱に、染まっていた。
図書室は開いていた。
司書の先生はいなかった。
いつも使う机のところや、床の上、最近借りた本の棚のあたりを真剣に探す。
ない。ない。見つからない。
不安で心がグラグラする。
早く見つけないと、と、思うのに、見つからないことが不安で苦しくなる。
「――何を探してるの?」
と。
誰もいないと思っていた図書室の奥から人の声が聞こえた。
「っ、誰?」
驚いて激しくなった心音をごまかすように、問い返す。
「ん、誰って。ヒドイじゃん」
クスクスと笑いながら出てきたのは、クラスの男子。あれ、この子図書室に来るような子だったっけ? と思いながらも、見知った顔だったことにホッとする。
「なんだ。ああ、うん、ちょっとね」
大事なものだけど、いうのもなんだか恥ずかしいような気もして、私はごまかすように呟く。
す、と、隣までやってきた彼は、そっと肩をすくめて、探すのを手伝い始めた。
どうしようか、と、思ったけれど、いまは探すことの方が大事だったから、再び探す作業に戻る。
見つからない、と、必死で探す私に、彼はどう思ったのか。
「――よっぽど、大事なものなんだね」
そうだ、大事なものなんだ。だから早く見つけないと。うなづきながらも、ふっと、湧き上がった言葉に、手が止まる。
――私は、なにを、さがして、いるの。
顔をあげる。電気がついているはずなのに、どこか薄暗い図書館の中、外から差し込む夕焼けがほのかに朱にあたりを染めていた。
もう、部活の生徒の声も聞こえない。
どこか、遠くから聞こえるのは、かなかなとなくセミの声。
――夕焼けと、カナカナと。
私は、この風景を知っている。
私は、この風景を、以前にも見たことがあるはずだ。
体が震える。
思わず自分の体を抱きしめる。
焦燥は不安へと取って代わる。どこか肌寒くすらある空気に、体の震えが止まらない。
――ああ、私は、いったい、何を忘れているの。
――私は、いったい、何を探しているの。
と。
震えのままにうつむく私を、温かい体温が包む。
疑問に思う間もなく、耳元から低く優しい声が、聞こえてきた。
「――思い出さないで。思い出さなくていいんだ」
思い出さないで? 思い出さなくていい? ――忘れていろ、というの?
だって、大事なものだから、大事なことだから、私は必死に探していたというのに。
忘れられないから、忘れたくないから、必死で失われたそれを、探していたというのに。
たとえあなたがいうことだとしても、それはけして受け入れられない。
その思いのままに、勢い良く顔をあげる。
――まるで、泣いているかのように。
光の中で、切なげに目を細める、その顔に。
ああ、私が忘れていたものは、これだったのか、と。
パンッ! と、まるで閃光のように光がはじける。
眩しい光の中で、薄れゆく意識の中で、低く、悲しげな、だけど優しい声が聞こえた。
「――馬鹿だな。忘れていてくれてよかったのに。……幸せに、なれよ」
まぶたを開く。
目に映るのは、天井。私の部屋の、寝室だ。
窓の外からは朝の光が差し込んでいる。
夢、だったのだろうか。
起き上がり、呆然と、窓の外を眺める。
ここは私の部屋。私は既に中学生などではなく、一端の社会人で。
そして。あの夢の中に出てきた彼は。
私が忘れていた、彼は。
――私の、大好きだった人、じゃないか。
――まだ幼いお付き合いだったけれど、私が初めて付き合った相手、じゃないか。
そして。
中学卒業を待たずに、病に倒れこの世を去った人、ではないか。
大好きな、人だった。
初めての気持ちだったけれど、とてもとても、真剣に、大好きな人だった。
だから。
15に満たない心には、彼の死は大きすぎて。
私は、彼のことを忘れてしまった。そう――忘れて、しまったのだ。
なんということだろう。
そして、ああ、どうして、いまになって、彼のことを思い出したのか。
――幸せになって。
あの頃の声より、低く聞こえた、彼の声。
声変わりの途中だった彼の声は、あんなふうだったのだろうか。
涙が、一筋、頬を伝う。
「幸せになるに決まってるよ。――あの世で指を咥えてなさいってのよ」
小さく、呟いて、笑う。
幼すぎて受け止めきれなかった私は、社会に出て揉まれて変化した。
いま、彼を思い出して悲しくないわけじゃない。愛しいという思いも恋しい思いも、ないわけではない。
けれど、既に、時は流れて。
いまの私は、ひとりではない。そう。私はひとりではないのだ。
明日、私は、彼ではない男のもとに嫁ぐ。
今頃出てきても遅いのだから、と、幸せになってみせるわよ、と、微笑みながら、私は静かに泣いた。
忘れてしまっていた思い出の、弔いのために。
教室の机の中、後ろのロッカーを探したけれど、見つからない。
教壇の周り、ついでにおとしもの入れも探したけれど見つからない。
ないはずはないんだ。忘れたのは間違いないんだから。
そう思って必死で探すんだけれど、どこにもなくて私は途方にくれた。
「もしかすると、階段、とか、中庭、とか……」
いつも通るルートを思い出しながら、教室から飛び出す。
移動教室で使う階段、それに、学校への登下校とのときに使う階段を調べ、そのまま中庭に走り出る。
昼ごはんをここで食べることが多いんだけれど、と、しゃがみこんで地面を探し、ないだろうとわかっていながらも木の上を探すけれど、見つからない。
――どこ、どこにあるの?
次第に強くなる焦燥を押さえ込みながら、次は、と、考えたときに、ぱっと、思い浮かぶ場所があった。
「――図書室!」
そして私は、図書室へ向かって走りだしたのだった。
――外は、すでに綺麗な夕焼けの朱に、染まっていた。
図書室は開いていた。
司書の先生はいなかった。
いつも使う机のところや、床の上、最近借りた本の棚のあたりを真剣に探す。
ない。ない。見つからない。
不安で心がグラグラする。
早く見つけないと、と、思うのに、見つからないことが不安で苦しくなる。
「――何を探してるの?」
と。
誰もいないと思っていた図書室の奥から人の声が聞こえた。
「っ、誰?」
驚いて激しくなった心音をごまかすように、問い返す。
「ん、誰って。ヒドイじゃん」
クスクスと笑いながら出てきたのは、クラスの男子。あれ、この子図書室に来るような子だったっけ? と思いながらも、見知った顔だったことにホッとする。
「なんだ。ああ、うん、ちょっとね」
大事なものだけど、いうのもなんだか恥ずかしいような気もして、私はごまかすように呟く。
す、と、隣までやってきた彼は、そっと肩をすくめて、探すのを手伝い始めた。
どうしようか、と、思ったけれど、いまは探すことの方が大事だったから、再び探す作業に戻る。
見つからない、と、必死で探す私に、彼はどう思ったのか。
「――よっぽど、大事なものなんだね」
そうだ、大事なものなんだ。だから早く見つけないと。うなづきながらも、ふっと、湧き上がった言葉に、手が止まる。
――私は、なにを、さがして、いるの。
顔をあげる。電気がついているはずなのに、どこか薄暗い図書館の中、外から差し込む夕焼けがほのかに朱にあたりを染めていた。
もう、部活の生徒の声も聞こえない。
どこか、遠くから聞こえるのは、かなかなとなくセミの声。
――夕焼けと、カナカナと。
私は、この風景を知っている。
私は、この風景を、以前にも見たことがあるはずだ。
体が震える。
思わず自分の体を抱きしめる。
焦燥は不安へと取って代わる。どこか肌寒くすらある空気に、体の震えが止まらない。
――ああ、私は、いったい、何を忘れているの。
――私は、いったい、何を探しているの。
と。
震えのままにうつむく私を、温かい体温が包む。
疑問に思う間もなく、耳元から低く優しい声が、聞こえてきた。
「――思い出さないで。思い出さなくていいんだ」
思い出さないで? 思い出さなくていい? ――忘れていろ、というの?
だって、大事なものだから、大事なことだから、私は必死に探していたというのに。
忘れられないから、忘れたくないから、必死で失われたそれを、探していたというのに。
たとえあなたがいうことだとしても、それはけして受け入れられない。
その思いのままに、勢い良く顔をあげる。
――まるで、泣いているかのように。
光の中で、切なげに目を細める、その顔に。
ああ、私が忘れていたものは、これだったのか、と。
パンッ! と、まるで閃光のように光がはじける。
眩しい光の中で、薄れゆく意識の中で、低く、悲しげな、だけど優しい声が聞こえた。
「――馬鹿だな。忘れていてくれてよかったのに。……幸せに、なれよ」
まぶたを開く。
目に映るのは、天井。私の部屋の、寝室だ。
窓の外からは朝の光が差し込んでいる。
夢、だったのだろうか。
起き上がり、呆然と、窓の外を眺める。
ここは私の部屋。私は既に中学生などではなく、一端の社会人で。
そして。あの夢の中に出てきた彼は。
私が忘れていた、彼は。
――私の、大好きだった人、じゃないか。
――まだ幼いお付き合いだったけれど、私が初めて付き合った相手、じゃないか。
そして。
中学卒業を待たずに、病に倒れこの世を去った人、ではないか。
大好きな、人だった。
初めての気持ちだったけれど、とてもとても、真剣に、大好きな人だった。
だから。
15に満たない心には、彼の死は大きすぎて。
私は、彼のことを忘れてしまった。そう――忘れて、しまったのだ。
なんということだろう。
そして、ああ、どうして、いまになって、彼のことを思い出したのか。
――幸せになって。
あの頃の声より、低く聞こえた、彼の声。
声変わりの途中だった彼の声は、あんなふうだったのだろうか。
涙が、一筋、頬を伝う。
「幸せになるに決まってるよ。――あの世で指を咥えてなさいってのよ」
小さく、呟いて、笑う。
幼すぎて受け止めきれなかった私は、社会に出て揉まれて変化した。
いま、彼を思い出して悲しくないわけじゃない。愛しいという思いも恋しい思いも、ないわけではない。
けれど、既に、時は流れて。
いまの私は、ひとりではない。そう。私はひとりではないのだ。
明日、私は、彼ではない男のもとに嫁ぐ。
今頃出てきても遅いのだから、と、幸せになってみせるわよ、と、微笑みながら、私は静かに泣いた。
忘れてしまっていた思い出の、弔いのために。
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学生時代に
学生時代の思い出、沢山あります。
楽しかった思い出。悲しい思い出…。もう一度経験したいなぁ。
凄く良かったです(^-^)
Re: 学生時代に
学生時代って、なんであんなに一生懸命で、苦しかったり楽しかったりしたんでしょうか。
些細な事でも重大事件だった懐かしい思い出です。
良かったといっていただけてとても嬉しいですー。
これからもぼちぼちと頑張りますー。