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[掌編]泣き虫なきみ。

2012.10.21 Sun [Edit]

kuala perlis
kuala perlis / mdpai75



――まあちゃん、ねえ、まあちゃんまって。

夕焼けに周囲が薄紅に染まる中、子どもたちが掛けていく。

――やだよ、もうかえらないと。おいてくよっ

追いかける男の子が半泣きで告げるのをよそに、女の子はキャラキャラと笑いながら、公園から家へと掛けていく。

――まあちゃん、ねえ、まあちゃん、おいてかないでぇ。

必死で叫ぶ少年の顔が、涙に歪む。

まるで、世界に女の子しかいないかのように、置いていかれてしまうと一人ぼっちになってしまうかのように、ただひたすらに男の子は叫ぶ。

――もう、しょうがないなぁ。

小生意気な口調で、女の子は立ち止まり、ため息混じりに手を差し出す。

○○は、泣き虫だから、ずっとそばに居てあげないと。


「なんて思っていた頃も、あったあった、確かにありました」


ベッドの中、天井を見上げてボソリと呟く。
窓の外はまだ暗い。携帯を確認すれば、まだ5時前。起きるにはかなり早い。
しかし、なんとも懐かしい夢をみたものだ、と、真奈美は思う。

あの女の子は、おそらく5歳前後の頃の真奈美の姿。

ではあの男の子は――。

「間違いなく、ヤツだよねぇ」

ふう、と、夢見のせいか遠ざかった睡魔を名残惜しみながら、ゆっくりと体を起こす。

今日は日曜日。
大事な大事な、休日だ。

あとで昼寝をすることも可能なんだし、と、まだ布団から離れたがらない体を叱咤しながらも、思考はあちこちへと飛び回るのだった。


「おはよう、真奈美」

そういって、ハートマークがつかんばかりの笑顔で玄関にたつのは、真奈美の(一応)恋人ということになる男だった。

「おはよう。っていうか、なんでいるの?」

せっかくの休日、のんびりひとりで過ごそうと思っていたというのに、と、眉を寄せれば、男は大仰な程によろりとよろめいた。

「ひどい……っ。せっかく、愛しい恋人に会いに来たっていうのに、なんでいるのとか、ひどすぎる……っ」

よよ、と、壁になついてなき真似する男に、ふう、とため息が漏れる。
どこでこうなった。なんでこうなった。
色々とぐるぐる回る思考をえい、と、とりあえず抑えこんで、しぶしぶと口を開く。

「まあ、きたなら上がりなよ。飯、まだでしょ」

「うん、ありがとーまぁちゃん!」

――あの男の子は、いつしか、真奈美の背を追い越した。

泣き虫だったのに、泣かなくなって、真奈美より足が早くなって、気が付けば成績でも負けるようになった。

何をこのやろう、と、男女の差なんぞあってたまるかと、中学・高校と張り合って過ごし、そのおかげでなかなかの大学に進学。大学はさすがに同じ所ではなかったが、なんの因果か関わりの深いところだったせいで、あれこれとこの男の噂を聞くことになった。

曰く、モテモテ。曰く、教授の覚えめでたい。曰く、院を勧められてる。などなどなどなど、上げていけばきりがないほどの噂に、何をこのやろうと、また奮起している内に、大学でもそれなりの成績をおさめることができた。
お陰様で、希望の職種につくことも出来、それなりに平和な生活だ。裕福ではないが、切り詰めなければ行けない生活でもない、仕事にも貼り合いのある、悠々自適の独身生活。

感謝すべきところなのかもしれないが、さすがに感謝したくない。なんとなく。

そんなヤツと、恋人な度というものになったきっかけは、なんだったのかは覚えてない。

大学在学中に、あっちも真奈美の噂を聞いたのかなんなのか、顔をだすことが増えて、そのうちほだされたように付き合うことになっていた。

告白? なにそれおいしい? ってなもんである。

部屋の中、奴がウキウキとごきげんな顔でダイニングテーブルについているのを横目に、さっさと適当に朝食を用意する。

というか、朝から来るのはどうなんだ。連絡くらいしろよ、と、思わないこともないけれど、それはもう諦めた。いったところで、だって会いたかったんだもん! と、どこのお花畑だと言いたくなるような発言が返って来る。実体験済みだ。複数回。

ご飯に野菜たっぷりの味噌汁、焼き魚におひたし。以上。シンプルで何が悪い、な朝食を出してやれば、嬉しそうにいただきます、と、早速食べ始める。

静かな朝の時間。
向い合ってこうして食べる時間が、嫌いじゃない、とは思う。

ただ、素直になれないのは。

――まあちゃん、まってよ、まぁちゃんっ。

泣き虫だった彼が、追いかけてきていた彼が、いつしか自分を追い抜き、先にたつようになったことが、悔しいから、か。

ゴキゲンで味噌汁を飲む男の姿に、そっとため息を付く。

いい男になった、と、思う。思うんだけれども。

あの泣き虫な男の子は、もう、いないのか、と、思うと、少しさみしい気がした。

ぼんやりと、そんなことを思っていた、のだけれど。

「ああもう、まあちゃんの味噌汁最高っ。――ずっと俺のために味噌汁を作ってくれ」

「――はあ?」

突然、キリッ、と表情を切り替えたヤツが、そんなことをいうから。

思いっきり眉根を寄せて、そう返してしまう。

「ちょ、ヒドイ、ヒドイよまぁちゃん! 俺、真剣に言ってるのに!」

「や、まって、ちょっとまって」

おおう、と、ダメージを受けたようにのけぞりながらいうやつに、ストップをかける。

律儀にぴたり、と、動きを止めたヤツを、まじまじと見つめて、言葉を反芻する。

ええと? 味噌汁? 作ってくれ?

「……古っ」

「ちょっ、待てって言うから待ったのに、それはなくない?!」

がーん、とショックを受けたような表情のヤツの様子から、マジでそういう意味だったか、と、逆にびっくりする。

じわり、と、心のおくから、嬉しいような感情が湧き上がるのは、否定出来ない。
でも、どこかで、この男に追いつくことが出来ない不甲斐なさが邪魔をして、表情は複雑に歪む。

沈黙が、落ちる。

言葉が出なくて、黙ってしまって。
うつむいてじっと、白いご飯を眺めていたら。

「う……っ、グス……っ」

鼻をすするような音と、嗚咽のような声が聞こえてきた。

はあ?! と顔を上げれば、涙目でグズグズ泣きながら、握った拳を膝の上にぎゅっと押し付けて、じぃぃぃっとこっちを見つめる奴の姿。

「ま、まぁちゃん。ダメ? ダメなの? 俺と結婚、してくんないの? 俺、頑張ったけど、ダメなの?」

ひぐひぐと、お前はどこのオトメだ、むしろどこのがきだ、と、呆れるのと同時に、その涙目の面影に、あの幼い頃の男の子の顔が重なる。

ああ。

変わってないじゃん。
こいつは、いつでも、何もかわってなかったんだ。

――まあちゃん、まってよ、まあちゃんっ。

ふっ、と、息を付けば、びくりと目の前で男が震える。その状態がなんだかおかしくて、笑みが浮かぶ。

「うう、まあちゃん、笑うなんてヒドイぃぃ」

えぐえぐと泣くヤツを横目に、やれやれと席をたてば、じぃぃっと恨みがましい視線が追いかけてくる。
それを無視して、脱衣所へ向かいタオルを一枚。そして深呼吸して、また戻れば、えぐえぐと盛大に涙をこぼす、ヤツの姿があって。

「泣くな。男だろ」

べし、と、タオルを顔に投げつけてやれば、あうう、と情けなく眉をたれさせて、ゴシゴシと顔を拭う。

その間にコーヒーを用意する。砂糖とミルク多め。そういえば、このへんの思考も、ずっと変わってない。

「ありがとおぉぉ」

情けない声でそういいながら、カップを両手で掴んでずずっとすするヤツをみながら、心を決める。

「なあ。嫁には行けないよ」

「えええっ」

愕然とした表情でこちらを見上げ、再び泣きそうになるやつに、そっと笑う。

かわいいじゃないか。アレだけ、評判で、いい男で、もててて仕事も出来るくせに。こんなに、自分の前では泣き虫だなんて。

楽しくなって、そっと、額にキスをひとつ。

呆然と赤い顔でこちらを見上げるやつに、艶やかに笑ってみせる。

「あんたを嫁にもらってやる。幸せにしてやるからね」

そういえば、一瞬で沸騰せんばかりの顔になったやつの目から、再び滂沱の涙が溢れる。

「まぁぁぁちゃぁぁんっっ!」

ひしっ。と、腰に抱きついてきた男を宥めながら、小さく笑う。

「あんたは、泣き虫だから、ずっとそばにいてやらないと、ね」

言い訳するようにつぶやけば、奴は嬉しそうに笑って、何度も頷いた。

「――だって、約束だったもんね」


――まあちゃん、ねえ、まあちゃんまって。

――やだよ、おいてくよ。

繰り返した幼い頃の言葉は、思い出の中に遠く。


さて。

――捕まったのは(捕まえたのは)

どっち?

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