[メモ]「知らない」ことは、悪いことでしょうか。
2012.09.23 Sun [Edit]
知らない、出来ない、順応できない
What I got to do to make you love me? / VanessaO
知らない道具が出てくると、一瞬戸惑います。
知らないことを聞くと、一瞬戸惑います。
知らない道具を差し出されても、一瞬戸惑います。
いつか私は、これほどまでに、出来ない、順応できない、人間になったのでしょう。
歳のせい、と、言いたくはありませんが、以前より順応性が下がっているような気がしています。
先日、それに気づいて、急に愕然としてしまいました。
私は、いつからこうだったのだろう。
いつから、こんなふうになったのだろう。
そんなことを、ずっと、考えていました。
以前はみれば解っていた
すべてではありませんが、以前であれば、みればおおよその使い方がわかりました。
なので、内心ょっと躊躇しようとも即使うことができました。
今、見知らぬ電子文具が差し出されて、どうぞ、と、いわれたとき。
それが、ボードとペン型のもので、ボートに書けばいいと想像がつかないわけではなかったのに、躊躇したのは何故なのでしょう。
以前なら、ためらいなく手にとって、もしくは、素直に相手に聞きながら、書いていたでしょう。
けれど。
いま、私は、聞くこともせずにためらい、手を止め、そして、やっと、恐る恐る触ることができたのです。
変わったのは、なんなのだろう
理解度が下がった、順応性が下がった、知識量が取り込んでいる情報の量が昔より下がった。
理由はいくつでも思いつきます。
けれど、最大の理由、それは、くだらない見栄やプライドなんじゃないのか、と、ふと思ったのです。
分からなければ聞けばいい。聞きながら、素直に凄いと喜べばいい。
なぜ、それができないのか。なぜ、それが、できなかったのか。
その素直さがなくなったのは、いつからなのでしょう。
ひとは、その素直さを失った時から、順応力が下がっていくのでしょうか。
「しらない」ことは悪いことでしょうか
いいえ。「しらない」ことは悪いことではないのです。
「しらない」ことを認めないこと、それを知られるのを恐れること、そして、「しらない」ことを隠そうとすること。
それこそが、最大の問題なのではないかとおもうのです。
知らないことを調べることを、人に尋ねることを、そして、自分が「しらない」のだという事実を正確に把握することを。
さらには、自分が思った以上に以前より知識を吸収し辛いという現実をしっかりと受け入れて、これからはためらわず、目をそらさず、向き合って行きたいものだ、と、思う私なのでした。
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