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[掌編]あいたい

2012.09.10 Mon [Edit]
IMGP0404
IMGP0404 / Wry2010



「声が、聞きたかった、から」

小さな機械から聞こえたその声は、周囲の雑踏の音に包まれて、消えそうに小さく聞こえた。


喧嘩をしたわけじゃない。お互いに何かがあったわけじゃない。
けれど、どちらかというと、どちらも覚めた部分が強いというか、それはそれ、という認識が強いのと、それなりに仕事が忙しい日々のせいもあって、会わない日が続くことも珍しくない。
ベタベタと付き合う方でもないから、それなりにメールはするけど、1日になんども、とか、そんなことはなくて。1日1往復すれば、まぁいいほうで、忙しければそれもなくなるのは、よくあること。電話なんていつ取れるかわからない、ということもあって、声を聞かないまま一ヶ月、なんてことも、ザラにある。

それでよく付き合ってるなんていうね、と、同僚の女性は呆れたようにいうけれど、それでも、俺にとって彼女は恋人で、彼女にとっても俺は恋人なのだ。

だから。
こんな風に、急に電話がかかってくることも、珍しくて。
しかも、声が聞きたい、なんて、彼女が言ってくることなんて、ほとんど初めてに、近いことで。






「いま、どこ」

問いかけながら移動して、財布と鍵をポケットに突っ込む。部屋の時計を見あげれば、21時。夜はこれから、ともいえる時間だ。今日は割りと余裕があって早く帰ってこれた日でも有り、ゆっくりとする予定ではあったけれど、そんなのは関係ない。

電話の向こうでは、小さな呼吸音。気のせいじゃなかったら、時折鼻をすするような音すら、聞こえていて。

じり、と、胸の中に焦燥が湧き上がる。

泣いているのか。
ひとりで。
彼女が。

いつも、まっすぐに前を見据えて、楽しそうに突き進んでくような、女性だ。何か辛いことがあっても、笑顔を絶やさずに、乗り切るような女性だ。
でも、その彼女の根っこには、とても優しくて柔らかなくて脆い心が隠れていることを、俺は知っている。
その柔らかな部分を、そっと守りながら、強く生きようとする彼女だから、その弱さを誰にもみせずに突き進む彼女だから、俺は惚れたのだ。

誰にも見せないその弱音を、出来れば俺だけに見せて欲しい、と、願いながらも、それでも、彼女が笑顔で隠すから、その強い心根で前に突き進むから、それが彼女だから、と、見守ってきた。

その、彼女が。

「ねえ、カナさん。いま、どこにいる?」

ひとりでなくなんて、許せるものか。それだけは、ゆるせない。

繰り返し問いかけた声に、ぽつり、と、返される。

「すぐにいくから。――まってて」

かけ出すように飛び出した。

――彼女に会うために。


夜の交差点。
駅近くのその場所は、まだ明かりに溢れている。
足早に帰宅する人、平日ではあるがどこかにのみにでも行くのか楽しげな集団、それらが、まるで水槽の中の熱帯魚のように、キラキラとした空間を自由に行き交う。

家から駅まではすぐだ。
10分もたたずにたどり着いた交差点は、夜にもかかわらずそれなりの人でで、ざわめきにあふれていた。

視線を周囲に走らせる。

いない。いない。
どこにいる。どこにいるんだ。

息が上がる。それでも彼女を探し続ける自分に、内心苦笑いが浮かぶ。必死だ、ああ、必死だとも。
会えなくても、声が聞けなくても、お互いが元気であるならば、それぞれの生活が大事だから、わかっているから、平気だった。
会いたくないわけじゃない。ただ、お互いがお互いを大事には思っていても、恋愛が生活の中で最優先でなかっただけのことで。
お互いが何よりも大事であることには、代わりがないのだから。

だから。

あんな声で、声をききたい、なんていわれて。
いつもなら、メールで日常報告をしあう程度の彼女に、そんなことをいわれて。

いくら、覚めた部分が多いと自覚のある自分だって、必死にもなるというものだ。

表通りには姿がみえない。
ならば、と、一本裏にはいれば、どこか空気が少し淀む。
キラキラと煌くネオンはそのままに、一気にあたりが、夜特有の世界に、包まれる。

たしか。
この先に。

飲み屋やクラブの居並ぶこの界隈に、ひっそりとある公園にふたり、立ち寄ったのはいつだっただろうか。
幼い頃からこの街で育った彼女にとって、その小さな公園も、昼の飲み屋街のどこか怠惰な風情も、すべて馴染み深いもので。

ひっそりとある公園は、こんな場所にあるにもかかわらずとても清潔で、心地よくて。そういえば、彼女は、嬉しそうに笑っていった。

――みんなで、だいじにしてるもの。

そうだ。

その思いのままに、公園へ向かう。
上がる息を必死にごまかしながら、ひたすら足を動かして公園へ走りこむ。

しん、と、先ほどまでの喧騒がうそのように、静まり返った場所。
ぽう、と、設置された街灯が、いくつかの空間を照らしだし、どこか幻想的ですらあるその空間。

ぎい、と、聞こえた音に、視線を向ければ、ブランコの上に人影。
安堵から深く息を吐き出して、ゆっくりと歩み寄る。

「ケイくん」

ざ、と、横にたてば、彼女が伏せていた目をあげる。
暗闇の中、街頭に照らされて、彼女の濡れた目元がみえて。

「ひとりでないたら、だめじゃん」

「ないてないよ」

「ないてるじゃん」

手を差し出せば、ぎゅ、っと掴まれる。その小ささと温もりを確かめながら、彼女の手を引いて立たせた。

「ちょ、ケイくん!」

そのまま、抱きしめた。
腕の中に閉じ込めるように。逃さないように。

「ひとりで、なかないで。なくときは、ここにいて」

この腕のなかに、いてほしい、と。
願うのはただ、それだけだから。

「……うん、ごめんね」

力を抜いてもたれかかってきた彼女の背を、そっと撫でる。

夏の終わりの公園には、どこか秋の気配を漂わせる風が吹き抜けるのだった。


――さめてる性格、だと思う。
――会えなくても、我慢できる。

でも。

「会いたかった」

君がここにいるから、俺はそう、思えるのだ、と。

君にどう伝えたら、いいだろう。


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