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[掌編]3.運命に弄さるる者

2012.06.08 Fri [Edit]
この手のひらに、もう一度掴むことが出来るならば。
私は決して、もう二度と手放さなすことはないだろう。

――遠い遠い夢の記憶。

月見 2
月見 2 / technicallyandrew



窓の外を見つめる。
放課後の教室、既に他に誰も残っていないそこは、窓から差し込む夕日で赤く照らされていた。

窓の外には夕焼けの空、部活の片付けを始めた生徒たち、揺れる木の葉、ごくありふれた光景。

――ありふれた光景、が、どれほど貴重で愛しいものなのか、私は知っている。

空にあるのは夕焼け色に空を染めるひとつの太陽と、既にうっすらとのぼった月。



「ねえ、何をみてる?」

不意にかけられた声に振り返れば、そこにはクラスメイトのひとりがいた。
たしかそこそこ成績優秀で、それなりの外見で、割りともてている男子生徒。
名前は覚えていない。否、一度覚えたけれど忘れてしまった、そんなクラスメイト。
銀色のメガネフレームが、鈍く光る中で、短い髪にこの高校の制服であるブレザー姿の、ごくありふれた姿。

いつの間にきたのだろう、と、思いながらも、問いかけに答える。

「なにも」

「そう、なにも?」

ゆっくりと立ち上がった彼が、こちらへ向かってくる。なんの用だろう。わからないまま、ぼんやりと、視線を再び窓の外に向ける。

――家に帰るのが億劫だった。

何も変わらない。何も変わってない、ごく普通の当たり前の、今まで通りの家族であるのに、それが苦痛だった。

私はこれほどまでに苦しくて悲しくて、求めているのに、けれど、求めるものがないこの世界が、普通で当たり前であることが、この上なく苦痛だった。

――あれほど、この場所に戻りたいと思っていたはずなのに。

いまは、ただ、あの場所への思いだけが、私を支配する。


「……何か用事?」

傍らにたち同じように窓の外を見つめる彼に、そちらをみないままに問いかける。

「いや、特に。ああ、でも、そうだな」

そこで言葉を切った彼に、ふと気を惹かれて視線をむける。

じっとこちらを見つめる視線。何だろう、と、思っていれば、こちらの奥底を見透かそうとでもするように、ただみつめてくる。

「……なに?」

「うん。――何かあった?」

どきり、と、心臓がひとつ鳴る。なにか。あったといえばあったし、なかったといえばなかったともいえる。
あったことに間違いはないけれど、けれど、時間的にはなかったことになってしまっている現実で、私は、今まで誰にも気づかれず指摘されなかったことを指摘されて、露骨に狼狽えてしまった。

「……あったんだね」

静かにいわれて、内心で舌打ちする。ごまかせなかった。普段ならば流せた。けれど、半端に感傷に浸ってたいま、それを誤魔化すことは出来なかった。

「――関係無いでしょ」

出てきたのは、そんな言葉で。それに彼は小さく笑って、そうだね、といった。

「うん、そうだね。関係ないよね。――でも」

そこで口ごもった彼は、視線を彷徨わせる。
なんだろう、と首をかしげれば、彼はくしゃりと自分の髪をかき混ぜて、息を漏らす。

「なんていうか、さ。悔しいなって。急に、ほんの一晩で、君は変わったから」

「悔しい?」

その言葉に引っかかって繰り返せば、彼は少し、気まずそうに目をそらす。その目元が、耳が、首が赤く染まっているような気がしたけれど、夕焼けのせいではっきりとしない。

「ああ、うん。ええと。――ずっと、みてたから、さ」

「……え?」

きょとり、と、瞬いた私に、彼がああもう、と、その場にうずくまった。

「――え?」

同じ言葉を繰り返した私に、彼はうずくまったまま、やけのように言葉を紡ぐ。

「ああもう、そうだよ、ずっとみてたんだよ。なんかいいなって。なんかすごい気になって! たぶん、俺だけが君をみてたんだよ。なのに、なのにさ、なんだよ、急に、色気やら空気やら、いろいろ複雑なものを漂わせるようになってさ――気がついたら、男連中、みんな君をみてた。別にわかってる、それが全部恋慕じゃないってことくらい。だけど、みんななんか、急に君が気になるようになったんだよ。――何かが、かわったから。そう思ったら、そう、不安で、焦って、そうだよ、ああもう、カッコ悪い」


――よくわからないけれど、私の何かが変わって、それが周囲にわからないなりに伝わっていたらしい。

変化、といえば、恋心。あの人をあの世界に置いてきてしまったことによる、寂しさ、寂寥。そんな思いが、あふれていたのかもしれない。

思い出したら、切なくなって、涙がでそうで、うつむく。


「あ、ああ、ごめん。なんかまずいこといったか」

慌てて立ち上がる彼に、首を振る。

私は、変わった。そうかもしれない。流れた時間は、ほんの一晩。布団に入って、目覚めるまでの間。誰も気づかなかった、私の消失。

――その一晩で、私が経験したものは、10年以上の年月。

あの、誰も知らない、予想だにしなかった、あの世界での、戦いと生活の、日々。

そして、すべてを振り捨てての帰還。――永遠の別れ。

戻った時には、私の中では一晩しか時間が過ぎていなかった時の、驚愕。


――それは、たった一週間前のことで。

まだ、私の中で生々しく、傷の様にじくじくと痛む。

「――気にしないで」

「って、いわれても、な」

泣き出しそうな声で返せば、すぐにそう言われる。
戸惑うような様子の彼からは、躊躇するような空気。そして、やがてそっと頭に触れてきた、手の感触。

宥めるように。慰めるように。
何度も撫でられて、吐息を漏らす。

――あの人も、私の頭を撫でるのが好きだった。

そう思うと切なくて、苦しくて。逃れるように深くため息をついた。


誰か。
だれか、たすけて、と。

湧き上がる思いのまま、視線を上げる。

心配そうに見つめる彼の目。その目に、あの人を幻視した。
居ないのに。あの人がいるわけがないのに。

けれど、ひとりで立っているのは不安で。
すべて夢だったのかという思いと、けれど失った悲しみから、私は、我慢できなくて。


静かに、口をひらく。


「ねえ、私が、どこか違う世界に行って帰ってきた、っていったら、どうする?」


教室にチャイムが響く。人の少ない校舎に、どこかいつもとは異なる響きで、チャイムが響き渡る。


――彼の顔をみるのが怖くて。

私は、そっと、目を閉じた。


――もし、またあの世界にいけるのならば。
――今度はもう、二度と、手放しはしない。


お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/
「ダーク系5題」より 「3.運命に弄さるる者」

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