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[掌編]2:ありふれた世界の崩壊

2012.06.05 Tue [Edit]
例えばそれが夢だったとしたらどれほど幸せだっただろう。

ありえないほどささやかな違いが、大きな違いとなって襲ってきた時、私は何も出来なかった。

世界を超える、などというお伽話が、現実に存在するなんて、想像だにしてなかったのに。


私は、未だ、異なる世界の空の下に、生きている。

タイトルなし
タイトルなし / y_katsuuu





――ありふれた世界の崩壊



差し込む朝日と、窓からの風。
抜けるような青空に、いくつか浮かぶ雲。
地上には、緑豊かな、森と農地が広がっている。

のどかな風景。
郷愁を誘われるような、けれど、見知っている景色とは異なる、風景。


――何度目になるのかすらわからない朝の光のなかで、ひとり、空を見上げてため息をついた。


ノックの音。
いつものように返事をせずに入れば、静かに開かれる扉と、入ってくる女性。侍女であるという彼女たちは、余計な言葉を発することなく、静かに私の身の回りの世話をする。

当初は着替えなども手伝おうとされたけれど、私が抗うことから、最小限に減っていった。

それでも、ドレスに、食事に、お風呂に、と、彼女たちは静かに黙々と作業をする。

何も言わず。
何も問わず。

こちらを見る目に何か思うところがでるのではないかと見つめても、目があうこともなく。

ただ、黙々と。
部屋を整え、場所を整え、去っていく。

その日も、朝食の用意を終えた彼女たちは、無言で礼をして去っていこうとした。

――なんの気まぐれだったのかは、わからない。

私は、はじめて、彼女たちに問いかけた。

「ねえ」

僅かに彼女たちの肩が震える。

そのまま言葉を待つように頭を下げたままの姿に、更に言葉を重ねる。

「――ここから、だして」

「……っ、お許し下さい」

はじかれるように顔をあげたのは、一番年の若いように見える侍女。その目に映るのは、恐怖。
掠れた声でわびを告げたのは、一番年重の侍女。そのまま、深く頭をさげると、他の人を連れて、去っていった。

残されるのは私だけ。何もわからないまま、ただ残された部屋の中で、僅かに湯気を立てる朝食をぼんやりとみつめる。


――ここに来て、いくつの夜と朝が過ぎただろう。

そして。

彼がこなくなって、いくつの夜を過ごしただろう。


待っているわけじゃない。そんなわけはない。

でも。

この部屋から出ることもなく、他の誰と言葉を交わすこともない私が、唯一言葉を交わした相手は彼でしかなく。

寂しいわけではないけれど、このまま放置されてこれからどうなるのだろうか、と、不安に揺れてもおかしくはないことで。

答えが得られなかったことに、ひとつ、ため息をこぼす。

食欲は、なかった。

テーブルに置かれた料理のなかから、小ぶりのパンを一つだけ掴んで、窓辺による。

空は青い。どこまでも青い。
ぼんやりと外を眺めながら、私は、パンにかじりついた。

パンは、どこか懐かしいような、素朴な味が、した。


逃がさない、と、彼はいう。
連れ去ったのだと、彼はいう。

全ては私を手にするためだった、と、彼はいう。

けれど、私は何もわからないまま。

ただ、恋焦がれた男に振られ、時をとめ、恋を夢見ることがなくなった。
ただ、日々を生きていくだけで、何かがあったわけじゃない。

魅力があるとも思えない自分が、ごくありふれた存在であるはずの自分が、いま置かれている状況が理解できなくて、まるで夢の中のようだと、何度も思う。余りにも現実味がなさすぎて、どうしようもないのだ。

窓の外を眺める日々。
起きて食事をし、窓の外を眺め、食事をし、また眺め、食事をし、湯を使い、眠る。

ただそれだけの日々。

この世界のことなど、何も知らない。
ただ西洋風の豪華な家にいるだけで、異世界なんかじゃないんじゃないかと、思うこともある。

けれど、そう言い切るには、あまりにも不自然で違和感があって。
異世界なんかなワケがない、と、自分にいいきかせてみても、月の数や鳥の形や、果物の形、その他、小さないくつかのことが、私のその考えを間違っていると指摘してくる。

――夢の中だと、そう思っていられたら。

そう、これはすべて夢なのだ、と。
もとから、あの日恋人にふられた日から、どこかバランスを崩した私の精神が、更におかしな幻想をみせているだけなのだ、と。

そう、思い込むことができたなら。


ありふれた毎日だった。
働いて、休んで、働いて。ごく普通の、何の変哲もない、ありふれた毎日だった。

――私はいま、何をしているんだろう。

もしかすると全てが妄想で、私はどこかの病院の中にいるのかもしれない。

もしそうならば、早く目覚めたらいいのに。

こんな夢なんて、みたくない。


――その夜、久しぶりに現れた彼は、いままでの不在のことを何も言わず、何もなかったかのように私に愛をささやき、逃さないとまるで狂ったかのように囁き続けた。


そして。

ノックの音。

いつもの様に返事をせずに入れば静かに入ってくる侍女たち。

――ちらり、と、向けた視線の先、きた人がいつもと違うような気がして、首をかしげる。

なにごともなかったように仕事をする彼女たちをみつめていれば、僅かにその手が震えていることに気づく。

変わった侍女たち。震える手。そして――。


――逃しはしません。貴方は私だけをみればいいのです。私以外の何にも、興味をもつ必要はないのです。そう、誰にも。


耳によみがえる声。

急に、寒く感じた。無意識に自分の体を抱きしめる。

――変わった侍女。震える手。合わせられない目。


強く目を瞑る。

――夢なら覚めて、と、心の奥底から願いながら。


お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/
「ダーク系5題」より 「2.ありふれた世界の崩壊」

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