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[掌編]琥珀色の魔法

2012.05.12 Sat [Edit]
ほんのひとさじ、スプーンですくう。
そっと口に運べは、ふわりと広がる幸せな甘さ。

Honey
Honey / alsjhc



落ち込んだ時、哀しい時、そのひとさじで幸せになれる。

きっとそれは、魔法の薬。

小さい頃からの、私の大事な、おまじない。





その日は、朝から曇り空で。
重たい空から今にも雨が降ってきそうで、やだな、と、眉を寄せた。
今日は仕事上がりに、彼と約束があって。
そう、久しぶりに忙しい彼と会えるはずで。

こんな日に、こんな天気なんて、と、うんざりしながら、出勤した。

じめじめ、むしむしな状況に、少しだけいらいら。

でも、今日は彼に会える。
それにほら、昼休みに、お気に入りのあのお店にいくのもいい。
金色の、キラキラの、私の魔法の薬を売ってくれるあのお店に、そうすればきっと、この憂鬱な気分も吹き飛んでくれる。

そう、思ってた。

――本当は、わかってたの。

気分が重いのは、天気のせいじゃない、ってことぐらい。

でも、それでも。
ギリギリまで、認めたくなかった、から。
認めてしまったら、キラキラしたものすべてが、なくなってしまう気が、したから。

――そんな私を、私のそんな部分を、彼が持て余してるってことくらい、本当は、わかってたの。



雨は嫌い。
髪は重くなるし、なんだかじっとりと空気が重い気がするから。

雨は嫌い。
ただでさえ憂鬱な気分を、これでもかと更にめり込ませてくれるから。

くるり、と、せめてとばかり、雨の日対策に買った、綺麗なオレンジ色の傘を回してみる。
ぱちぱちと弾ける雨の音。濡れた道路に、緑の葉っぱ。

空を見あげれば、どっしりと重い雨雲に、大粒の、雨。

雨は嫌い。
でも、今日は雨で良かった。

涙が出そうになるのを、ごまかせるから。

代わりに、空が、泣いてくれるから。


くるり、くるり、くるくると、オレンジの傘を回しながら、街を歩く。

さあ、お気に入りのお店に行こう。
明日っておもってたけど、時間がいっぱいあいたし、ゆっくり吟味しよう。

ちょっと変わったのが、あればいい。
気持ちがすっきりするような、綺麗なのがあればいい。

くるり、くるくると傘を回して、街をあるく。

繁華街の端のほう、緑の植え込みに、木の扉。Honey、と、筆記体で掘ってある、お店の看板。
それがみえてきて、少しだけ早足になる。

からん、と、扉を開けば、ふわりと甘い香り。奥の方の喫茶エリアから漂う、甘い香り。

「いらっしゃい」

穏やかな店長の優しい声が聞こえて、ほっと、肩の力がぬけた。

とたんに、ぼろり、と、涙がこぼれ落ちる。

あれ。
あれあれ。

泣かないつもりだったのにな。
泣くつもりなんか、なかったのに。

びっくりした顔の店長に、謝らなきゃ、と、口を開いたら、ひぃっくと、引きつるような泣き声が漏れて。

そうしたら、我慢できなくて。

「ああ、だいじょうぶかい。泣かないで。さ、そこは冷えるから、こっちおいで」

笑顔の店長が、そう手招きして。
釣られるままに、ふらふらと近寄れば、よしよし、と、まるで子供にするように、頭を撫でられ、て。

ぼろぼろ、ぼろぼろ、溢れる涙をそのままに、私はただ、泣き続けた。

何も言わずに、店長は、ずっと、ずっと、頭を撫で続けてくれた。


渡されたタオルは、お日様のにおいがした。
ふんわりやわらかいタオルで、顔をそっと拭く。
ごしごし拭えないのは、女の子だから。
お化粧してなければ、ごしごしいっちゃうんだけど。

――流れてないといいけど、メイク。

やっと、少しばかり落ち着いた頭でそう考えてたら、ことり、と、目の前にカップが差し出された。

手をたどり見あげれば、店長がウィンクをくれて。

「はい。ホットミルク。美味しい魔法のお薬入りだよ」

ふわり、と漂う、甘い香り。嬉しくなって、ゆっくりとカップを持ち上げた。ほんのり甘い、ハニーミルク。心がほぐれてゆくようで、大好きな、私の大好きなはちみつ入りの、牛乳。

外は雨。
静かな店内は、他にお客さんもいなくて。

キラキラと店の中に並ぶのは、大小様々、濃淡様々な色合いの、はちみつの瓶。
レンゲにアカシア、リンゴにミカン、タンポポに、マロニエ。
今日のミルクのはちみつは、ラベンダーだろうか。ほっとするような、優しい香りがする。

静かな空間と、暖かなミルク、大好きな甘い蜂蜜。

「――さよなら、してきました」

ぽつり、と、つぶやけば、店長は、そっか、と、ただそれだけ答えてくれた。

大好きだった。

大好きな彼だった。

仕事に一生懸命で、前向きで、上昇志向が強くて、考え方も合理的できっぱりとした、彼だった。
私は、そんな彼に憧れて、恋をして。幸運にも付き合うことができた。

でも。

彼は、前に進む人で。私は、今が愛しい人で。

時折、同じ所にとどまる私に、どこか夢見がちな私に、彼が苛立ちをみせるようになったのは、いつだったか。

――そして、彼は、同じように前に進む人と、恋をした。

なんとなく、わかっていたこと。
忙しいから、と、こまめに律儀にくれていた定期連絡が、だんだん間遠になっていったころから、ホントはわかってたこと。

ゆっくりと、温かいミルクを、飲む。

今日は、そうだ、ちょっとだけ高くて買うのをためらっていたはちみつを、買って帰ろう。

そして、ちょっとずつ、大事に使っていこう。

そう思うと、少しだけ、元気が出て、うれしくなる。

覚悟はしてたから。
ちがうな、本当は、私も、疲れてたから。

悲しくないわけじゃないけれど、これできっと良かったんだ、って、そう、思えた。

よし、と、気合を入れて顔を上げると、じっとこちらをみる店長さん。

30代半ばだったか、若いころにはちみつにはまって、はちみつ専門のお店をだしたような、ちょっと変わった人。
喫茶エリアは数席だけだけど、はちみつを生かした飲み物やお菓子、少しの料理を出してくれる。

知る人ぞ知る、だけど、本当にひっそりと立っているお店で、見つけたときは本当に興奮したのを覚えてる。

こちらに就職して引っ越してからずっと通ってるから、かれこれ、5年近くなるんだろうか。

「だいじょうぶ?」

「あ、はい。だいじょうぶです。ありがとうございます」

ちょっとごつい感じの店長さんが、首を傾げると、不思議と愛嬌のある感じになる。小さく笑って頷けば、うんうん、と、安心したようにうなづかれて。

「やっと笑った。――安心した」

そういわれて、ちょっとどきっとする。

ダメダメ、今は、ちょっとした優しさに弱いんだから。

「うう、ご迷惑をお掛けしました」

思い返せば凄い醜態。片手を頬に当てて、熱くなったのを隠すようにして告げたら。

「いーや、ぜんぜん。もっと迷惑かけてくれたって歓迎だけどね」

「え」

見あげれば、ニヤリ、と、楽しそうに笑う店長。でも、その目は真剣で。

目を逸らせないまま、しばらくじっと見つめ合って。

「ま、今はさすがに卑怯だと思うから、まぁ、ぼちぼちね」

「え、あ、はい?」

ぽんぽん、と、頭を叩かれて、うなづきながら首をかしげる。

え、どういうこと? そういうこと? まさか、自意識過剰でしょう?

ぐるぐると目が回るような思いでいたら、ことり、と、小さな瓶。

中には、とろりと、琥珀色のはちみつ。

「これ、試供品であげるから。今日は、顔洗ってゆっくり寝てな」

キラキラ、琥珀色のそれは、なんだかすごく輝いていて。

「ありがとう、ござい、ます」

ただひたすらに赤くなる顔を誤魔化すように、私は、うつむくのだった。



ほんのひとさじ、スプーンですくう。
そっと口に運べは、ふわりと広がる幸せな甘さ。

落ち込んだ時、哀しい時、そのひとさじで幸せになれる。

きっとそれは、魔法の薬。

小さい頃からの、私の大事な、おまじない。


小さなお店は、魔法のお店。
キラキラのはちみつがいっぱいの、まほうのお店。


今日もまた、私は、お店へゆく。

――ちょっと厳つい、魔法使いに、会うために。



お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/
「それは甘い20題」より 「07.はちみつ」

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