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[掌編]夜のカナリヤは静かに唄う

2012.04.16 Mon [Edit]
大きく息を吸い込む。夜の冷えた空気が、じん、と、肺の中へと染み渡り、じわじわと体の中に浸透する。
ゆっくりとまぶたを閉ざして、それから、細く細く、息に音を乗せ、声を響かせる。

静かに、静かに。

体の中を音が反響して、そして、唇からこぼれて出ていく音が、じわりと大気に滲み出すように。

小さな小さな音で。けれど、静かに震えるように響かせて。

ぼんやりとおぼろに霞む春の月が、じっと私を見下ろしていた。

Beware the moon
Beware the moon / Kyknoord



それがいつから習慣になったのか、覚えていない。
放課後の教室、2年の半ばともなると、来年の受験に備えて、みな、どこか進路のことを意識し始める。
今日は進路相談。まずは、先生と生徒の面談。出席番号の遅い私は、人が少しずつ減っていく教室で、ひとり、ぼんやりと夕焼け色に染まる窓の外を眺めていた。

――そう、一人だった、はずなのに。

私は唄うのが好きで、ただ、歌いたかった。歌手になりたいとか、音楽を勉強したいとか、人前で歌いたいわけじゃなくて。
体の中で響かせた音が静かに外に流れだして、それに呼応して周囲の空気が震え出す、その感覚が大好きで。

ひっそりと唄うようになった私は、いつからか、夜、家を抜けだしては近くの寂れた、神主さんも常駐していない神社の境内で、静かに音をこぼすようになった。

月の光が周囲の木々を照らし、薄く濃く影を作る。雨の日も、晴れの日も。台風なんかじゃないかぎり、私はここにきて、静かに音を響かせる。

この神社に一本だけ、大きな木がある。その木の下に入れば、少々の雨では濡れないし、夏の熱い日も日差しを遮ってくれるし、寒い冬の日も大きな幹が風よけになってくれるから、とても過ごしやすい。

私はいつも、その木の下で歌を唄う。

震えるように染み渡る音が、微かに木の葉を揺らした、気が、した。

「歌が好きなの?」

ふいにかけられた声に、はじかれるように顔を上げた。
面談を終えて戻ってきたらしい同級生が、がさがさとカバンの荷物を整理していて。私が顔を向けたのに気づいて、ちらりと視線をむける。

「……え?」

いきなりの言葉に、戸惑って言葉がでない。好きか、といわれれば、好きだ。けれど、好きとか嫌いとか、そういうことじゃなくって――私の中で歌は、呼吸なのだ。息をしないと死んでしまうように、私はきっと、歌わないと死んでしまう。ただ、それだけのことで。でも。なぜクラスメイトである彼が、いきなり、そんなことを聞くのか。なぜ、と、そう思ったことが顔にでてたのか、ああ、と、彼はひとつうなづいた。

「歌ってただろ、今。――ささやくみたいに」

どきん、と、心臓がなる。
そうだ、私は、歌ってた。無意識に、そう――囁きかけるように、歌がこぼれ落ちていた。それはきっと、普通なら気づかないくらいの小さな音。小さな声。けれど、確かに空気を震わせる、小さな振動。そうだ、ささやくように歌っていた。それに彼は気づいたのだ、と、思うと、嬉しいような恥ずかしいような――大事な秘密を暴かれて逃げ出したいような、複雑な思いに、とらわれる。

「ど、うして」

かろうじてこぼれた言葉は、途切れ途切れで。掠れたうえに言葉が足りなくて、これじゃ伝わらない、と、気持ちばかり焦る。そんな私をよそに、彼は小さく、笑った。

「ああ。お前、神社で時々歌ってんだろ。しってっか、あそこな、ある特定の方角にだけ、なぜか不思議と声が響きやすいんだ」

「――っ!」

誰にも聞かれてない、と、思っていた。誰にも気づかれていない、と。けれど――彼は、つまり、知っているのだ。

私がひとり、夜に歌っている、ことを。

苦しい。泣き出しそうだ。息がしづらい。はく、と、息を必死で吸い込めば、慌てて駆け寄ってきた彼が、申し訳なさそうに私の頭を撫でた。

びくり、と震える。

「あ、その、ごめん。つい、癖で」

妹がいるんで、その、と、言い訳のように繰り返すのを聞きながら、ゆっくりと呼吸する。

「だい、じょうぶ。ごめん、ね」

驚いただけだ。そう、驚いただけにすぎない。そして――緊張してしまった、だけだ。
普段、あまり喋らないから、人と話すことはあまりないから、こうしてあまり知らない人と、しかも男の子と二人で会話している状況と、さらに言えばその会話の内容――知っている人がいるはずないと思い込んでたこと――に、驚いた、だけだ。

そっと、深呼吸を繰り返して、そして、少しだけ、笑う。
だいじょうぶだよ、と、伝えたくて。言葉を紡ぐのは苦手だから、せめて、と。

それを見た彼は、小さく息を呑んで、そして。困ったように苦笑して、自分の髪をくしゃくしゃとかき回してから、ぽんと、私の頭を撫でた。

「歌。うまいんだな。――しってっか、夜のカナリヤっていわれてんぞ」

主に我が家近辺だけだけどな、と、彼は笑う。カナリヤ。カナリヤだなんて。ただ、歌っているだけなのに。それもひっそりと、こっそりと、歌っているだけなのに。

「ありが、とう」

それでも、嬉しくて。誰のためでもない、自分のための歌にすぎないそれを、けれど、誰かが聞いてくれている、その事実が、やっぱり少し、嬉しくて。

そっと、微笑んだ。


そのうち、順番が呼ばれて、そこで、彼とはわかれて。

だけど、別れ際に、彼がそっとつぶやいた言葉に、思わず、耳まで赤くなってしまって。

先生に、すごく心配されてしまった。


――いつも、あんましゃべんないからわかんなかったけど。
――すごい、いい声、してんだな。

ひとりのための歌が、誰かのための歌になる、少し前の、お話。

fin.

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