[掌編]僕と彼女の一定距離
2012.04.08 Sun [Edit]
友達っていうには遠い。知り合いっていうのは近い。僕と彼女の関係を説明する言葉は、いつも曖昧で、ぴたりと来る表現が見つからない。
幼馴染っていう存在に対するイメージが、果たしてどんなものなのか、人によるのだろうけれど。ネットで見かける恋愛物語やゲーム、マンガの中で幼馴染は、とても身近で可愛くて憎らしくて愛しい存在らしい。
けれど、僕の幼馴染は。
僕と彼女は、とある新興住宅街のとある家に、それぞれ隣同士で生まれてきた。それこそ、ちょうど同年代の夫婦が多く集まってきたエリアで、それなりに親交があって、それこそ、小さな頃――多分、幼稚園の頃くらいか――には、お互いの家族で行き来しあったり、一緒に動物園や遊園地へ出かけたり、海に行ったりバーベキューをしたりと、いろいろと交流もあったようでもある。
けれど、お互いが小学校に上がる頃には、ちょうど両方の父親の仕事も忙しく、母親もローン返済やいろいろの助けのために、双方それぞれ働きに出るようになって、そういった交流はほとんどなくなったらしい。
僕のアルバムを開いてみれば、いつも隣に一緒にいる。赤ん坊の時も、幼児らしい子供が共に遊んでる姿も、いつも彼女と一緒にいるのだけれど、実際、僕にはこれっぽっちも彼女と一緒に遊んだ記憶なんかなくて、幼馴染なのよとアルバムを見せながら言う母の言葉が、全くこれっぽっちも実感がわかなくて、ただ、ふーんと聞き流すばかりだった。
幼馴染、という言葉の定義は、よくわからないけれど、おそらく、僕と彼女は幼馴染なのだろう。だけれど、たとえ隣同士で有ろうとも、小学生になれば自然と男女で遊ぶ内容も遊ぶ相手も変わってくる。相手が男勝りだったり僕が大人しければまた違ったのかもしれないけれど、僕は文字通り小学生男子らしい小学生男子で、外で泥だらけで遊び回っていたし、彼女は普通より少しばかりおとなしい女の子で、友だちと家でのんびりと遊んでいるようなタイプだったから、余計に接点などなかった。
幼馴染らしいよ、ああ、そうなんだ、で、済む関係。幼馴染とはいえ、彼女と僕は、ほとんど関わりがなかったし、これからもないだろうと思っていた。中学までは同じ公立だったけれど、成績優秀でもあった彼女はいいところの女子高へと進み、僕はそこそこの公立高校へと進み、学校までの距離が違えば登下校の時にかちあうこともなく、風のうわさ、というよりも母親同士の付き合いで、女子高に進んだだとか、彼氏ができただとか――結構プライバシーなどないものである――東京の大学に進むのだとか、聞かされた。
その後、僕も地元の国公立大学へ進学し、それなりに青春を謳歌し、それなりに勉強をおさめ、そして、必死に就職活動をして、地元のそこそこの企業に就職して、1年。
彼女は短大だったらしく、東京で就職していたらしかったが、それが地元に帰ってくるという。それをきいても、ふーん、で済ませた。実家にありがたく住まわせてもらっているパラサイトシングルの身としては(否、ちゃんと給料の一部を納めて入るけれど)、母親の話し相手になることくらい、反抗期でもあるまいし、たやすいことなのだけれど。彼女がこちらに戻ってくるという事実も、自分には関係ないこと、の、はずだった、のだが。
なんで、それをこんなにただ、くだくだしく僕が説明しているかといえば、とどのつまり、今、目の前に彼女がいるわけで。
高校卒業の頃、制服姿の彼女をちらりとみた記憶が最後の彼女は、我が家の玄関で、にこやかに笑っていた。さらりとストレートの髪は程よい茶に染められ、顔は派手にならない程度に化粧されて、そう、驚くほど「女性」となった彼女が、そこにいた。
「お久しぶりです。っていうのも、何か変ですけれど」
薄く笑って彼女がそう言うから、ああ、とか、うん、とか、僕はどういっていいかわからなくて、適当に曖昧に答えてしまう。別に、女性と話すのに緊張するとか、そういうことではないはずで、大学時代も仕事でも、普通に会話できているはずなのに、何故か言葉が出なくて戸惑ってしまう。そんな僕を不思議そうに見上げる彼女は、やはり東京に出ていっていたからか、どこか垢抜けている気がして、それが本当にそうなのか東京帰りだからそう思うのか自分でもわからずに、戸惑ってしまう。
お互いに黙り込んだまま、まるで傍から見れば見つめ合っているかのような状況を打破したのは、母だった。
「あらあらあら。久しぶりね、いらっしゃい。玄関先で何をしてるの、さっさと中に案内なさいな」
ばしりと背中を叩かれ、更にはその母の言葉の自然さに少しばかり違和感を覚えながら、先にたってキッチンへと戻るのを見送り、再び彼女を見れば、どこか困ったような戸惑ったような、けれど、なぜか少しばかり目に楽しそうな光を宿した彼女がいて。僕は困ってしまって、とりあえず軽く頭をかくと、どうぞ、と、どこかぶっきらぼうに、リビングへと案内することにした。
お邪魔します、と、丁寧に告げて彼女は、ごく自然にリビングへと向かう。そう、ごくごく自然に。何かがオカシイな、と思いながらも、リビングのソファを彼女に進めていれば、母がお茶とお菓子を手にキッチンからやってきた。まぁまぁ本当に久しぶりよね、から始まった母の怒涛の会話に、にこやかに彼女が答える。さっさと部屋に引っ込もうかと思っていたけれど、なんだかまぁ、タイミングを逃してしまったこともあるし、これだけ綺麗になった彼女をみているのも悪い気がしないから、大人しくそのお茶会へと参加した。
違和感の正体は、彼女と母の会話の内容で知れた。
僕と彼女は、幼馴染でありながら幼馴染には程遠い間柄だったけれど、彼女は僕がいないときに、割りと我が家にやってきては母と会話して帰っていたらしい。……今でこそ知る衝撃の真実、なんと、ごくまれに、僕が一人の時に食べるように用意されていた食事は、彼女が作ったものだったことがあったらしいのだ。驚いて目を見張れば、彼女は楽しそうに笑う。あまりに楽しそうで、だけど、いうなれば幼馴染の作ったご飯を僕は食べていたにもかかわらず、知らなかった事実に愕然とし、少しばかり年をとって厚かましくなった神経は、もったいないことをしたなという感情すらよぎらせた。
そんなことがあったのか、と、母たちが楽しく会話するなか、どこかその女性同士の会話の賑やかさに、尻の座りの悪い思いをしつつ、更にはその知らなかった事実を知った気まずさというか面映さから、黙々とお茶を飲んでいた自分に、ふと話を降ってきた彼女が、また、爆弾を落とした。
「覚えてなさそうだから、ずっと言わなかったけど。大きくなったら結婚してね、って、私、言われてたのよ」
危うく、吹き出しそうになった紅茶をすんでのところで止める。危なかった、吹き出すところだった。まぁ、小さい頃の約束なんてすてきね、などとキャラキャラ笑う母が憎い。どういうつもりかと、彼女に視線を向ければ、それはそれは楽しそうにキラキラと輝く目で、こちらをみていて。――なんとも、可愛らしいけれど憎らしい女性になったもんだ、と、苦笑する。
それからも、賑やかに会話は進み、じゃあ、このへんで、と、なったとき、母に玄関先まで送るように、と、隣にもかかわらず言われて、なぜ隣なのにと疑問に思いながらも、彼女の後をついて、家を出た。ほんの数歩。隣の門の前までついたとき、それまでこちらを振り返らなかった彼女が、くるりと振り返って。
「実はずっと好きだった、っていったら、どうする?」
そんな風に聞くものだから。
何も言えずに目を丸めて呆然とする僕に、彼女は楽しそうにくすりと笑って、ひらひらと一度手を振ると、そのまま門を開く。
僕が我に返ったのは、ぱたん、と、彼女の家の玄関の閉まる音がした時だった。
幼馴染、といっても、僕と彼女は、いつも一緒にいたわけじゃない。お互いに時々、ほんのごく稀に、見かける程度の間柄で。記憶にあるかぎりでは、一緒に遊んだ覚えもない、そんな、なんと表現していいのかわからない距離感の、関係だった。
ああ、だけど。
――彼女が幼馴染だってことが、実は内心、自慢だったこと、とか。
不意によぎる胸の思いに、小さく笑って。
さてはて、これからどうなるだろう、と、じわりと湧き上がる期待感に、一度大きく伸びをしてから、家へと戻った。
僕と彼女の、一定距離が。
不意に近づいた日の、お話。
◇恋したくなるお題 配布よりお題をお借りしました◇
幼馴染っていう存在に対するイメージが、果たしてどんなものなのか、人によるのだろうけれど。ネットで見かける恋愛物語やゲーム、マンガの中で幼馴染は、とても身近で可愛くて憎らしくて愛しい存在らしい。
Childhood friend / daily sunny
けれど、僕の幼馴染は。
僕と彼女は、とある新興住宅街のとある家に、それぞれ隣同士で生まれてきた。それこそ、ちょうど同年代の夫婦が多く集まってきたエリアで、それなりに親交があって、それこそ、小さな頃――多分、幼稚園の頃くらいか――には、お互いの家族で行き来しあったり、一緒に動物園や遊園地へ出かけたり、海に行ったりバーベキューをしたりと、いろいろと交流もあったようでもある。
けれど、お互いが小学校に上がる頃には、ちょうど両方の父親の仕事も忙しく、母親もローン返済やいろいろの助けのために、双方それぞれ働きに出るようになって、そういった交流はほとんどなくなったらしい。
僕のアルバムを開いてみれば、いつも隣に一緒にいる。赤ん坊の時も、幼児らしい子供が共に遊んでる姿も、いつも彼女と一緒にいるのだけれど、実際、僕にはこれっぽっちも彼女と一緒に遊んだ記憶なんかなくて、幼馴染なのよとアルバムを見せながら言う母の言葉が、全くこれっぽっちも実感がわかなくて、ただ、ふーんと聞き流すばかりだった。
幼馴染、という言葉の定義は、よくわからないけれど、おそらく、僕と彼女は幼馴染なのだろう。だけれど、たとえ隣同士で有ろうとも、小学生になれば自然と男女で遊ぶ内容も遊ぶ相手も変わってくる。相手が男勝りだったり僕が大人しければまた違ったのかもしれないけれど、僕は文字通り小学生男子らしい小学生男子で、外で泥だらけで遊び回っていたし、彼女は普通より少しばかりおとなしい女の子で、友だちと家でのんびりと遊んでいるようなタイプだったから、余計に接点などなかった。
幼馴染らしいよ、ああ、そうなんだ、で、済む関係。幼馴染とはいえ、彼女と僕は、ほとんど関わりがなかったし、これからもないだろうと思っていた。中学までは同じ公立だったけれど、成績優秀でもあった彼女はいいところの女子高へと進み、僕はそこそこの公立高校へと進み、学校までの距離が違えば登下校の時にかちあうこともなく、風のうわさ、というよりも母親同士の付き合いで、女子高に進んだだとか、彼氏ができただとか――結構プライバシーなどないものである――東京の大学に進むのだとか、聞かされた。
その後、僕も地元の国公立大学へ進学し、それなりに青春を謳歌し、それなりに勉強をおさめ、そして、必死に就職活動をして、地元のそこそこの企業に就職して、1年。
彼女は短大だったらしく、東京で就職していたらしかったが、それが地元に帰ってくるという。それをきいても、ふーん、で済ませた。実家にありがたく住まわせてもらっているパラサイトシングルの身としては(否、ちゃんと給料の一部を納めて入るけれど)、母親の話し相手になることくらい、反抗期でもあるまいし、たやすいことなのだけれど。彼女がこちらに戻ってくるという事実も、自分には関係ないこと、の、はずだった、のだが。
なんで、それをこんなにただ、くだくだしく僕が説明しているかといえば、とどのつまり、今、目の前に彼女がいるわけで。
高校卒業の頃、制服姿の彼女をちらりとみた記憶が最後の彼女は、我が家の玄関で、にこやかに笑っていた。さらりとストレートの髪は程よい茶に染められ、顔は派手にならない程度に化粧されて、そう、驚くほど「女性」となった彼女が、そこにいた。
「お久しぶりです。っていうのも、何か変ですけれど」
薄く笑って彼女がそう言うから、ああ、とか、うん、とか、僕はどういっていいかわからなくて、適当に曖昧に答えてしまう。別に、女性と話すのに緊張するとか、そういうことではないはずで、大学時代も仕事でも、普通に会話できているはずなのに、何故か言葉が出なくて戸惑ってしまう。そんな僕を不思議そうに見上げる彼女は、やはり東京に出ていっていたからか、どこか垢抜けている気がして、それが本当にそうなのか東京帰りだからそう思うのか自分でもわからずに、戸惑ってしまう。
お互いに黙り込んだまま、まるで傍から見れば見つめ合っているかのような状況を打破したのは、母だった。
「あらあらあら。久しぶりね、いらっしゃい。玄関先で何をしてるの、さっさと中に案内なさいな」
ばしりと背中を叩かれ、更にはその母の言葉の自然さに少しばかり違和感を覚えながら、先にたってキッチンへと戻るのを見送り、再び彼女を見れば、どこか困ったような戸惑ったような、けれど、なぜか少しばかり目に楽しそうな光を宿した彼女がいて。僕は困ってしまって、とりあえず軽く頭をかくと、どうぞ、と、どこかぶっきらぼうに、リビングへと案内することにした。
お邪魔します、と、丁寧に告げて彼女は、ごく自然にリビングへと向かう。そう、ごくごく自然に。何かがオカシイな、と思いながらも、リビングのソファを彼女に進めていれば、母がお茶とお菓子を手にキッチンからやってきた。まぁまぁ本当に久しぶりよね、から始まった母の怒涛の会話に、にこやかに彼女が答える。さっさと部屋に引っ込もうかと思っていたけれど、なんだかまぁ、タイミングを逃してしまったこともあるし、これだけ綺麗になった彼女をみているのも悪い気がしないから、大人しくそのお茶会へと参加した。
違和感の正体は、彼女と母の会話の内容で知れた。
僕と彼女は、幼馴染でありながら幼馴染には程遠い間柄だったけれど、彼女は僕がいないときに、割りと我が家にやってきては母と会話して帰っていたらしい。……今でこそ知る衝撃の真実、なんと、ごくまれに、僕が一人の時に食べるように用意されていた食事は、彼女が作ったものだったことがあったらしいのだ。驚いて目を見張れば、彼女は楽しそうに笑う。あまりに楽しそうで、だけど、いうなれば幼馴染の作ったご飯を僕は食べていたにもかかわらず、知らなかった事実に愕然とし、少しばかり年をとって厚かましくなった神経は、もったいないことをしたなという感情すらよぎらせた。
そんなことがあったのか、と、母たちが楽しく会話するなか、どこかその女性同士の会話の賑やかさに、尻の座りの悪い思いをしつつ、更にはその知らなかった事実を知った気まずさというか面映さから、黙々とお茶を飲んでいた自分に、ふと話を降ってきた彼女が、また、爆弾を落とした。
「覚えてなさそうだから、ずっと言わなかったけど。大きくなったら結婚してね、って、私、言われてたのよ」
危うく、吹き出しそうになった紅茶をすんでのところで止める。危なかった、吹き出すところだった。まぁ、小さい頃の約束なんてすてきね、などとキャラキャラ笑う母が憎い。どういうつもりかと、彼女に視線を向ければ、それはそれは楽しそうにキラキラと輝く目で、こちらをみていて。――なんとも、可愛らしいけれど憎らしい女性になったもんだ、と、苦笑する。
それからも、賑やかに会話は進み、じゃあ、このへんで、と、なったとき、母に玄関先まで送るように、と、隣にもかかわらず言われて、なぜ隣なのにと疑問に思いながらも、彼女の後をついて、家を出た。ほんの数歩。隣の門の前までついたとき、それまでこちらを振り返らなかった彼女が、くるりと振り返って。
「実はずっと好きだった、っていったら、どうする?」
そんな風に聞くものだから。
何も言えずに目を丸めて呆然とする僕に、彼女は楽しそうにくすりと笑って、ひらひらと一度手を振ると、そのまま門を開く。
僕が我に返ったのは、ぱたん、と、彼女の家の玄関の閉まる音がした時だった。
幼馴染、といっても、僕と彼女は、いつも一緒にいたわけじゃない。お互いに時々、ほんのごく稀に、見かける程度の間柄で。記憶にあるかぎりでは、一緒に遊んだ覚えもない、そんな、なんと表現していいのかわからない距離感の、関係だった。
ああ、だけど。
――彼女が幼馴染だってことが、実は内心、自慢だったこと、とか。
不意によぎる胸の思いに、小さく笑って。
さてはて、これからどうなるだろう、と、じわりと湧き上がる期待感に、一度大きく伸びをしてから、家へと戻った。
僕と彼女の、一定距離が。
不意に近づいた日の、お話。
◇恋したくなるお題 配布よりお題をお借りしました◇
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