[掌編]恋にならないお友達
2012.04.05 Thu [Edit]
「あー、最近、枯れてるわー」
ルーズリーフに文字を書き連ねていた手がふと止まる。机に向けて伏せていた視線を上げれば、どこか拗ねたような表情で、手を止め戯れのようにパラパラと資料のページを捲る彼女の姿。
ゼミの課題をこなすために図書館に来て、彼女にあったのは偶然。偶然であろうと、チャンスはチャンス、と、同席したまではよかったが。それぞれやるべきことをやっていたはずだったけれど、どうやら、彼女は飽きてしまったようだ。ふう、とため息ひとつ。すでに癖となった仕草でメガネのブリッジを上げて、それから再び視線をむければ、ぺったりと机に頬を貼付け俯せた状態で、へにゃりと笑ってこちらをみていた。
――上目遣いになってる、って。わかってるんだろうか。
「枯れてるんですか。それはそれは、ご愁傷さまです」
何事もないふりして、そっけなく返して。再び手元の資料に向かう。ぶーぶーと目の前でぼやく声が聞こえるけれど、知らない、知るものか。――枯れてる、だなんて。完全に男として見られていないと理解して、気付かれないようにこっそりと、小さく笑った。
彼女と僕は、同じゼミの同級生で、同じ高校の出身で、趣味が同じ読書で図書館に入り浸っている、という関係。高校時代もなんとなく図書館で見かけることが多かった上に、大学に入って専門分野がかぶり、図書館やゼミで遭遇することも多くなった。多くなった――けれど、ただ、それだけ。言うなれば「オトモダチ」。それに不満があるわけではない、別に男と女の友情、素晴らしいじゃないか、と、思うけれど、ここまで完全に意識されないと、なんとも男として悩ましいというか悔しいというか、そういう気分にさせられる。なまじ、時折彼女の仕草にドキッとさせられる瞬間があるだけに――男というのは即物的で単純な生き物だとつくづく思う――彼女が一切こちらを意識しない、という状態は、なんとも負けたような気がしてしまう。実際のところ、じゃあ、彼女がこちらを意識して顔を赤らめたり今までのように会話できなくなってもいいのか、という話になると、それは困るな、と、思うわけで。意識されないのは悔しいけれど、趣味の合う、気楽な存在がなくなるのは嫌だな、と思うわけだから、人間というのは本当にたいがい、わがままなものだと思う。――まぁ、僕がわがままなだけなのかもしれないけれど。
「あーあ、彼氏ほしー」
しみじみと呟く彼女に、はいはい、と返して。
「あーあ、彼女ほしー」
棒読みで、同じようにつぶやいてみせる。
「ええええ、っていうか、彼女とか、生意気すぎる。てか私より先に恋人作ったら、絶対シメる!」
がばっ、と起き上がって、彼女がそう言うから。
「関係ないですよね?」
「ある! 別に、あんたと付き合いたいわけじゃないけど、そんなことはこれっぽっちも思わないけどでも、なんか、こう、全く対象外っていわれるのもむかつくっていうか、先に恋人作られるのムカつく!」
ぐっと拳を握る彼女に、やれやれと呆れた視線をむける。
「めんどくさいですね」
自分棚上げで、ぼそ、とつぶやけば、うぐ、と、詰まったように唸った彼女。
「お、乙女心はふくざつなのよぉぉぉぉぉ!」
「乙女って年ですか」
「女は永遠に乙女なの!」
びしっと指出してくるのを、手に持った資料でおしやって。
「なんでもいいので、さっさと資料まとめてください。遅れますよ」
「うっ、はぁーい……」
しょんぼりしながら、資料を受け取る彼女に、小さく笑う。
恋には程遠い、恋愛からは遥かに遠い。だけれど、割りと近くにいる存在で、割りと大事な相手。
恋にはならない存在だけれど、大事な友だち、ってやつかもしれないな、なんて。
思わず浮かんだ臭い言葉に、一瞬眉を寄せて、振り払うように頭を振って。
再び課題に向き合うのだった。
男と女。
だけれど、恋にはならないオトモダチも、居たって、いいじゃないかと、そっと思うのだった。
◆恋したくなるお題 配布よりお題をお借りしました。
ルーズリーフに文字を書き連ねていた手がふと止まる。机に向けて伏せていた視線を上げれば、どこか拗ねたような表情で、手を止め戯れのようにパラパラと資料のページを捲る彼女の姿。
Carrier Library Study Room / taberandrew
ゼミの課題をこなすために図書館に来て、彼女にあったのは偶然。偶然であろうと、チャンスはチャンス、と、同席したまではよかったが。それぞれやるべきことをやっていたはずだったけれど、どうやら、彼女は飽きてしまったようだ。ふう、とため息ひとつ。すでに癖となった仕草でメガネのブリッジを上げて、それから再び視線をむければ、ぺったりと机に頬を貼付け俯せた状態で、へにゃりと笑ってこちらをみていた。
――上目遣いになってる、って。わかってるんだろうか。
「枯れてるんですか。それはそれは、ご愁傷さまです」
何事もないふりして、そっけなく返して。再び手元の資料に向かう。ぶーぶーと目の前でぼやく声が聞こえるけれど、知らない、知るものか。――枯れてる、だなんて。完全に男として見られていないと理解して、気付かれないようにこっそりと、小さく笑った。
彼女と僕は、同じゼミの同級生で、同じ高校の出身で、趣味が同じ読書で図書館に入り浸っている、という関係。高校時代もなんとなく図書館で見かけることが多かった上に、大学に入って専門分野がかぶり、図書館やゼミで遭遇することも多くなった。多くなった――けれど、ただ、それだけ。言うなれば「オトモダチ」。それに不満があるわけではない、別に男と女の友情、素晴らしいじゃないか、と、思うけれど、ここまで完全に意識されないと、なんとも男として悩ましいというか悔しいというか、そういう気分にさせられる。なまじ、時折彼女の仕草にドキッとさせられる瞬間があるだけに――男というのは即物的で単純な生き物だとつくづく思う――彼女が一切こちらを意識しない、という状態は、なんとも負けたような気がしてしまう。実際のところ、じゃあ、彼女がこちらを意識して顔を赤らめたり今までのように会話できなくなってもいいのか、という話になると、それは困るな、と、思うわけで。意識されないのは悔しいけれど、趣味の合う、気楽な存在がなくなるのは嫌だな、と思うわけだから、人間というのは本当にたいがい、わがままなものだと思う。――まぁ、僕がわがままなだけなのかもしれないけれど。
「あーあ、彼氏ほしー」
しみじみと呟く彼女に、はいはい、と返して。
「あーあ、彼女ほしー」
棒読みで、同じようにつぶやいてみせる。
「ええええ、っていうか、彼女とか、生意気すぎる。てか私より先に恋人作ったら、絶対シメる!」
がばっ、と起き上がって、彼女がそう言うから。
「関係ないですよね?」
「ある! 別に、あんたと付き合いたいわけじゃないけど、そんなことはこれっぽっちも思わないけどでも、なんか、こう、全く対象外っていわれるのもむかつくっていうか、先に恋人作られるのムカつく!」
ぐっと拳を握る彼女に、やれやれと呆れた視線をむける。
「めんどくさいですね」
自分棚上げで、ぼそ、とつぶやけば、うぐ、と、詰まったように唸った彼女。
「お、乙女心はふくざつなのよぉぉぉぉぉ!」
「乙女って年ですか」
「女は永遠に乙女なの!」
びしっと指出してくるのを、手に持った資料でおしやって。
「なんでもいいので、さっさと資料まとめてください。遅れますよ」
「うっ、はぁーい……」
しょんぼりしながら、資料を受け取る彼女に、小さく笑う。
恋には程遠い、恋愛からは遥かに遠い。だけれど、割りと近くにいる存在で、割りと大事な相手。
恋にはならない存在だけれど、大事な友だち、ってやつかもしれないな、なんて。
思わず浮かんだ臭い言葉に、一瞬眉を寄せて、振り払うように頭を振って。
再び課題に向き合うのだった。
男と女。
だけれど、恋にはならないオトモダチも、居たって、いいじゃないかと、そっと思うのだった。
◆恋したくなるお題 配布よりお題をお借りしました。
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