5.僕はただきみの手を握って、きみは黙ったまま頷いて。
2011.12.20 Tue [Edit]
クリスマスの朝である。
あのあと、彼女を連れて自宅へ帰り、準備してあった料理やケーキを出して二人で夜を過ごし、ついでに彼女を美味しくいただいて、そして、今、目覚めた腕の中に彼女がいるわけで。そのぬくもりに気づいて、ゆるりと頬が緩む。あえて遮光ではないカーテンから差し込む朝日に気づいて目覚めたのがつい先程、それから、腕の中の温もりに気づいて顔を緩めるまでどれほどの時間もなかっただろう。幸いなことに今日は日曜日、どれほど寝坊しようと仕事に差し支えない。
腕の中、すぴすぴと心地よさげに寝息を立てる彼女の寝顔を、じっと見つめる。どちらかと言えば全体的に小作りな彼女の顔は、見ていてなぜか飽きない。惚れた欲目というやつだろうか。それならそれで結構、と、しみじみと見つめながら、そういえば、と、サイドテーブルの引き出しへと手を伸ばし、その中にひそませていたものを取り出す。
「……ん」
動く気配を感じたのか、彼女が身じろぎ、小さく声を漏らす。起きるのかな、と、見ていれば、むう、と一度強く眉を寄せた後、ゆっくりと瞼が開いた。そして、そのままとろりとほほ笑む。
「おはようございま……すぅ!?」
寝ぼけたような声であいさつを始めたが、最後で跳ね起きた。目がまんまるだ。きょろきょろと周囲を見回し、自分の格好を見やり、こちらをみやり、ぱくぱくと口を開け閉めし、言葉が出ないのか、両手をばたばたと動かして何かを伝えようとしている。
ああ、かわいいなぁ。などとずれた感想を浮かべつつ、にっこりとほほ笑み返す。
「ごちそうさまでした」
「――っ、なんかちっがーう!!」
その後バタバタと一人暴れる彼女をなだめ、どうどうと落ち着かせてみれば、どうやら羞恥のあまりの行動のようだった。まさか記憶がないのか、と思ったがそうではなくて、ほっとした。――いろんな意味で。
はふぅ、と、やっと落ち着いて肩を落とす彼女を見つつ、さて、と先ほど引き出しから取り出したものを手の中でもてあそぶ。わかっている、タイミング的に今というのは微妙だということも。だが。
「ねえ。これ」
「え、なんです、か?」
不思議そうにふりむいた彼女に、そっと箱を差し出す。小さな小箱。目を見開き硬直する彼女の手にそれを握らせ、開いて見せる。
小ぶりな、小さな宝石のついた、指輪。あえて大きなものにしなかったのは、彼女のイメージからだろうか。もっといい値段のものでもよかったのだけれど、一目ぼれして選んだ、今日のための、指輪だ。男一人、宝石店に出向くのは恥ずかしくもあったが、しかし、是非にでも用意したい気持ちで、用意した。重かろうがしったことではない。ただ、半端な気持ちじゃないんだと、伝えたかったから。もし、気に入らなければ、一緒にまた買いに行けばいい。だからこれは、気持ちの問題なんだ。
「え、せんぱ……」
「ずっと、傍にいて欲しいから」
声が出ない様子の彼女に、箱から指輪を取り出し、その薬指にはめる。抵抗しない彼女に、受け入れられているらしいと少し安心する。呆然とその所作を見つめていた彼女の顔が、だんだんと赤く染まっていき、その目に涙がたまる。
じっと見つめていれば、視線が絡む。そっと手を握り締める。小さな手。これから守っていく手。守らせてほしい手。
じっと見つめれば、彼女は、やがてひとつほろりと涙を零して、静かに頷いた。
クリスマスの、朝のことだった。
そして、今、彼女は怒っている。否、拗ねているというか、とにかく、ダイニングテーブルの椅子に腰かけて、両手にマグをかかえこんで、頬を膨らませている。うむ、そういう仕草も小動物っぽいのだが、と、声に出せば再び怒らせそうなことを考えつつ、手早く朝食を整える。
あの後、空腹を知らせるお腹の音で彼女は我に返り、自分の置かれた現状に気が付いたらしい。つまり、それなりに綺麗にはしておいたけれど、というやつである。きゃぁぁぁと悲鳴をあげると、ばたばたとシーツを再びひっつかみミノムシのように丸まり、ううう、なんてこと! と一人呟くのに、シャワーをすすめる。こちらもシャワーを浴びたいところだが、とりあえず、と朝食の用意をはじめ、彼女が驚くほどのスピードで上がってきた後、交代でざっとシャワーを浴びて戻れば、身支度を整えた彼女が、頬を膨らませてダイニングにいたわけで。
とりあえずご機嫌を取るために、ミルクたっぷりのカフェオレを渡せば、一瞬頬が緩んだものの再びぷっくりと膨れ上がる。やれやれご機嫌斜めのようだ、と、まずは彼女のおなかをなだめるために、朝食を作る。ふわりと漂ういい香りにちらり、ちらりと彼女がこちらを見るのがわかり、笑いが漏れそうになるがここで笑うと余計ご機嫌を損ねてしまうだろうから我慢である。
やがて出来上がった料理を彼女の前に出せば、その目が輝く。
「いっただっきますっ!」
先ほどの不機嫌はどこへやら、ご機嫌な様子で食べ始めるのに満足感を覚えながら自分も食事をとり始めれば、じっとこちらを見る彼女の視線。首を傾げれば、むう、と、眉を寄せる彼女の姿。
「どうした?」
「料理は上手いし、稼ぎはいいし、なんかくやしーんですけど! いいですか、私だって料理できないわけじゃないんですからっ。これからきっと頑張ってみせますからっ」
びしっ、と手に持ったフォークを天井に向けつつそう宣言する彼女に、正直に言おう、脂下がった顔になってしまったことは否定しない。
「期待してる。――奥さん」
一瞬にしてぼふんと、まるでマンガのように赤くなった彼女は、もうもうもうー!! と、悔しそうに照れながらべしべしと、机の隅をたたく。あの状況でプロポーズとか、もう、とか、料理上手とかずるいー、とか、なにやらもぞもぞとつぶやいているから、一度首を傾げ、そして、立ち上がると彼女のそばへ向かう。
「ねえ」
声をかければ、はう、と、一度跳ね上がりこちらを見上げる彼女。その隙に、小さなキスをひとつ。
「っせ、せんぱ……っ」
「ご飯醒めちゃうから。あ、あと、愛してるよ」
「ついでのように言わないでぇぇぇぇ」
あうあうあうー、と嘆く彼女に笑いかけながら席に戻れば、彼女も食事を再開する。
ずっとずっと、こうして笑っていられればいい。彼女と、そして、いずれ生まれくるかもしれない子供と、楽しく笑っていられるひと時を持てれば、いい。
簡単なようで大それた思いを静かに胸に抱えて、言葉を交わしながらクリスマスの朝ご飯を終えたのだった。
クリスマスイブに捕まえた彼女は、クリスマスに、妻となる人となった。
そんな、幸せな、クリスマスのお話。
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「君と手をつなぐ5題」より
あのあと、彼女を連れて自宅へ帰り、準備してあった料理やケーキを出して二人で夜を過ごし、ついでに彼女を美味しくいただいて、そして、今、目覚めた腕の中に彼女がいるわけで。そのぬくもりに気づいて、ゆるりと頬が緩む。あえて遮光ではないカーテンから差し込む朝日に気づいて目覚めたのがつい先程、それから、腕の中の温もりに気づいて顔を緩めるまでどれほどの時間もなかっただろう。幸いなことに今日は日曜日、どれほど寝坊しようと仕事に差し支えない。
腕の中、すぴすぴと心地よさげに寝息を立てる彼女の寝顔を、じっと見つめる。どちらかと言えば全体的に小作りな彼女の顔は、見ていてなぜか飽きない。惚れた欲目というやつだろうか。それならそれで結構、と、しみじみと見つめながら、そういえば、と、サイドテーブルの引き出しへと手を伸ばし、その中にひそませていたものを取り出す。
「……ん」
動く気配を感じたのか、彼女が身じろぎ、小さく声を漏らす。起きるのかな、と、見ていれば、むう、と一度強く眉を寄せた後、ゆっくりと瞼が開いた。そして、そのままとろりとほほ笑む。
「おはようございま……すぅ!?」
寝ぼけたような声であいさつを始めたが、最後で跳ね起きた。目がまんまるだ。きょろきょろと周囲を見回し、自分の格好を見やり、こちらをみやり、ぱくぱくと口を開け閉めし、言葉が出ないのか、両手をばたばたと動かして何かを伝えようとしている。
ああ、かわいいなぁ。などとずれた感想を浮かべつつ、にっこりとほほ笑み返す。
「ごちそうさまでした」
「――っ、なんかちっがーう!!」
その後バタバタと一人暴れる彼女をなだめ、どうどうと落ち着かせてみれば、どうやら羞恥のあまりの行動のようだった。まさか記憶がないのか、と思ったがそうではなくて、ほっとした。――いろんな意味で。
はふぅ、と、やっと落ち着いて肩を落とす彼女を見つつ、さて、と先ほど引き出しから取り出したものを手の中でもてあそぶ。わかっている、タイミング的に今というのは微妙だということも。だが。
「ねえ。これ」
「え、なんです、か?」
不思議そうにふりむいた彼女に、そっと箱を差し出す。小さな小箱。目を見開き硬直する彼女の手にそれを握らせ、開いて見せる。
小ぶりな、小さな宝石のついた、指輪。あえて大きなものにしなかったのは、彼女のイメージからだろうか。もっといい値段のものでもよかったのだけれど、一目ぼれして選んだ、今日のための、指輪だ。男一人、宝石店に出向くのは恥ずかしくもあったが、しかし、是非にでも用意したい気持ちで、用意した。重かろうがしったことではない。ただ、半端な気持ちじゃないんだと、伝えたかったから。もし、気に入らなければ、一緒にまた買いに行けばいい。だからこれは、気持ちの問題なんだ。
「え、せんぱ……」
「ずっと、傍にいて欲しいから」
声が出ない様子の彼女に、箱から指輪を取り出し、その薬指にはめる。抵抗しない彼女に、受け入れられているらしいと少し安心する。呆然とその所作を見つめていた彼女の顔が、だんだんと赤く染まっていき、その目に涙がたまる。
じっと見つめていれば、視線が絡む。そっと手を握り締める。小さな手。これから守っていく手。守らせてほしい手。
じっと見つめれば、彼女は、やがてひとつほろりと涙を零して、静かに頷いた。
クリスマスの、朝のことだった。
そして、今、彼女は怒っている。否、拗ねているというか、とにかく、ダイニングテーブルの椅子に腰かけて、両手にマグをかかえこんで、頬を膨らませている。うむ、そういう仕草も小動物っぽいのだが、と、声に出せば再び怒らせそうなことを考えつつ、手早く朝食を整える。
あの後、空腹を知らせるお腹の音で彼女は我に返り、自分の置かれた現状に気が付いたらしい。つまり、それなりに綺麗にはしておいたけれど、というやつである。きゃぁぁぁと悲鳴をあげると、ばたばたとシーツを再びひっつかみミノムシのように丸まり、ううう、なんてこと! と一人呟くのに、シャワーをすすめる。こちらもシャワーを浴びたいところだが、とりあえず、と朝食の用意をはじめ、彼女が驚くほどのスピードで上がってきた後、交代でざっとシャワーを浴びて戻れば、身支度を整えた彼女が、頬を膨らませてダイニングにいたわけで。
とりあえずご機嫌を取るために、ミルクたっぷりのカフェオレを渡せば、一瞬頬が緩んだものの再びぷっくりと膨れ上がる。やれやれご機嫌斜めのようだ、と、まずは彼女のおなかをなだめるために、朝食を作る。ふわりと漂ういい香りにちらり、ちらりと彼女がこちらを見るのがわかり、笑いが漏れそうになるがここで笑うと余計ご機嫌を損ねてしまうだろうから我慢である。
やがて出来上がった料理を彼女の前に出せば、その目が輝く。
「いっただっきますっ!」
先ほどの不機嫌はどこへやら、ご機嫌な様子で食べ始めるのに満足感を覚えながら自分も食事をとり始めれば、じっとこちらを見る彼女の視線。首を傾げれば、むう、と、眉を寄せる彼女の姿。
「どうした?」
「料理は上手いし、稼ぎはいいし、なんかくやしーんですけど! いいですか、私だって料理できないわけじゃないんですからっ。これからきっと頑張ってみせますからっ」
びしっ、と手に持ったフォークを天井に向けつつそう宣言する彼女に、正直に言おう、脂下がった顔になってしまったことは否定しない。
「期待してる。――奥さん」
一瞬にしてぼふんと、まるでマンガのように赤くなった彼女は、もうもうもうー!! と、悔しそうに照れながらべしべしと、机の隅をたたく。あの状況でプロポーズとか、もう、とか、料理上手とかずるいー、とか、なにやらもぞもぞとつぶやいているから、一度首を傾げ、そして、立ち上がると彼女のそばへ向かう。
「ねえ」
声をかければ、はう、と、一度跳ね上がりこちらを見上げる彼女。その隙に、小さなキスをひとつ。
「っせ、せんぱ……っ」
「ご飯醒めちゃうから。あ、あと、愛してるよ」
「ついでのように言わないでぇぇぇぇ」
あうあうあうー、と嘆く彼女に笑いかけながら席に戻れば、彼女も食事を再開する。
ずっとずっと、こうして笑っていられればいい。彼女と、そして、いずれ生まれくるかもしれない子供と、楽しく笑っていられるひと時を持てれば、いい。
簡単なようで大それた思いを静かに胸に抱えて、言葉を交わしながらクリスマスの朝ご飯を終えたのだった。
クリスマスイブに捕まえた彼女は、クリスマスに、妻となる人となった。
そんな、幸せな、クリスマスのお話。
-------8×-------- 8× -------- キリトリセン --------8×-------- 8×--
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「君と手をつなぐ5題」より
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