4.ひとりにしてと微笑うきみの、震える手を離すものかと。
2011.12.19 Mon [Edit]
クリスマスイブである。勝負の日である。寸前まで浮かれていた部下は、結局お相手にドタキャンされたとかで、なにやらどんよりとこちらを見ているようだが、とりあえず無視だ。こちらは今日、勝負をかけるのだ。――少々お約束すぎて妙に照れる気がするのは、なぜなのだろうか。過去をさかのぼって、ここまで真面目にクリスマスというものに向き合ったことがあっただろうか。いや、ない。お祭りごとは好きだ、だから騒ぎ倒すことはあったが、クリスマスという存在にかけたことはないように思う。
――だから、余計照れくさいのかもしれない。
窓の外を見れば、薄曇り。ホワイトクリスマスになるのか、それとも、星空のクリスマスイブになるのか。どちらにしても、楽しみだ、と、薄く笑った。
あれから。
こまめに食事に誘い、こまめに手を握った。……こう表現すると、何やら自分が変態くさい存在になったような気分になるが、まぁ、それだけこまめにアプローチしたということだろう。それに対してのレスポンスは、多少彼女の挙動が不審になったり、顔を赤らめてくれることがまれにあったり、といったところである。――まぁ、手をつなぐことに慣れすぎてそれでは顔を赤らめてくれなくなったのは、いいことなのかわるいことなのか。いや、手をつなぐ事すらできなかったらそれ以上にはすすめないのだからとそこまで考えたところで、仕事中であることに思い至り、とりあえず思考を停止する。
「しゅにーん、顔がやにさがってましたよ―。えっちー」
余計なお世話である。手に持っていた書類で部下の頭をひとつたたいて、ぶーぶー文句をいう部下をそのままに、仕事に集中した。
決戦は、仕事終わりからである。
「おっまたせしましたーっ。せんぱいっ」
息を切らせ、マフラーを巻いた彼女が、白い息を吐きながら駆け寄ってくる。微妙に色合いがクリスマスの配色のような今日の格好に、少し驚いてしみじみ眺めれば、むふふ、と彼女は笑ってそこで一度回る。
「どーですか、クリスマスバージョンな私っ」
「うん。かわいい」
「ちょ、ま、せんぱい、それはストレートすぎる」
ひゃあ、と手袋をした手を頬にあてる彼女の顔が、赤く染まる。うん、かわいい。きっと今、人には見られないほどだらしない顔になっているに違いない。でもいいんだ。かわいいんだから。そう内心で呟きながら、手を差し出す。
「いこう?」
ひとつ頷いて、素直に手を取る彼女に、湧き上がる嬉しさはどう表現したらいいんだろうか。もうすぐ、もう少し。きっと彼女を手に入れる、と、心に誓いながら、ゆっくりと山へと向かった。
山へは電車とバスで行く。もちろん、車でもいいのだが、この日に車をだすなど野暮すぎる。どこぞに連れ込むのであれば別だろうが、帰りはタクシーで我が家直行、これ決定なのである。彼女の了承は今のところないが、それはそれとして。山のふもとへのバスは、カップルだけではなく親子連れもいた。キャッキャとはしゃいでは親にいさめられている様子をみて、彼女が小さく笑った。その目が優しくて、やわらかくて。ふと、遠いあの日、完全に彼女に落ちた時のことを、思い出した。
「……ひとりに、してください」
夕暮れの教室で、震えながら、涙を零すまいと唇をかみしめ、それでも、こわばった笑顔を浮かべた彼女の姿。遠くから聞こえる部活の声と、少し肌寒い教室の気温と。打ち捨てられた小さなノート。ささいな、ささいな食い違いが友達同士で起こったとき、彼女はあいだにはさまれた。そして、その両方を何とかしようと、奮闘したにもかかわらず、今度は両方から彼女が攻撃された。些細な食い違いと、些細な擦れ違い。言ってしまえばそれだけのことなのだけれど、それでも彼女は笑って、両方をつなげた。つなごうとした。――彼女は、笑顔だった。いつも、いつも笑顔だった。けれど。
無言のまま彼女に歩み寄り、思わず抱きしめかけてとどまる。そして、彼女の手を、握る。びくりと震える彼女が逃れようと手を引くのを、少しばかりの強引さで留めて、ただ、握りしめる。
「君は、悪くない。君は、頑張った」
こんな時、上手い言葉の出てこない自分が、悔しい。ただ、それだけしか言葉にならなくて、それだけを繰り返していれば、彼女がしゃくりあげ、やがてぽろぽろと頬を涙が伝いおちる。次から次に、頬を伝い流れる涙を見つめて、その涙を拭うことができればと願いながら、けれど、ただじっと手を握り続けた。
――遠い遠い、昔の記憶。
バスから降りれば、すでに山のふもとで。間近で見上げる山は、美しくライトアップされていた。
ここからはケーブルと、スロープカーでのぼることになる。歩くのも悪くはないが、今日は無しだ。手を取り特別に夜間運行されているそれに、乗り込んだ。
よくある100万ドルの夜景、と、名づけられた風景が、眼下に広がる。工場地帯のこのエリアが、自分と彼女が生まれ育った町。少しばかり古臭くて、少しばかり暖かい。そんな街を眺めながら、同じように下を見つめる彼女に視線を移す。ともにある存在。ともにあってほしい存在。一度離れたけれど、あの同窓会で会った時から、狙い定めて今日まで来た。
逃がしてあげるつもりはない。涙を一人で流すことなどないように、ただ、守りたい。
無言のまま風景を眺め、スロープカーに乗り換える。ゆっくりと登るうちに、頂上のライトアップが次第に近くなっていく。きらきら、きらきらと光がふりまかれ、それが彼女の顔に反射する。
たどり着いた頂上で、皆が下りていくのの最後から、ゆっくりと展望台方面へと進む。きゃあきゃあとはしゃぎながら眺める人々、寒さに寄り添って眺める人々の群れをみながら、彼女の手を引いて、ゆっくりと、進む。
「……ねぇ」
「なんですか、せんぱい」
きょとん、と、見上げる彼女に、ほほ笑みかける。
「好きなんだけど。付き合って」
「っ! っっ!! せ、せ、せんぱいっ?」
一気に真っ赤になった彼女を、眺めながら、ゆっくりと夜景が見渡せる場所へと向かう。あうあうと言葉にならない言葉を漏らす彼女の背に手をあてて、ほら、と、促せば、一気に彼女の表情が変わった。
「う、わぁ。ライトアップって頂上だけじゃないんだ」
山のいたるところに、きらきらと光がちりばめられている。眼下の夜景と相まって、幻想的な風景となったそれは、山の上の寒い空気の中で、この上なく、きらきらと、きらきらと輝いてみえた。
無言のまま、二人で、その風景を見つめる。人の声、笑い声、楽しげな叫び、そして、感嘆の声。さまざまな人の声を聴きながら、二人、ただ無言で、その風景を見つめ続ける。
ふと、彼女が、見上げるように視線をこちらに向ける。
なに? と首を傾げれば、ふ、と、彼女が柔らかな蕩けるような笑顔をみせた。
「仕方がないから、付き合ってあげますよっ、せんぱいっ」
言葉とは裏腹に、彼女の顔は真っ赤で。目は潤んでいて。ああ、かわいいなぁ、と、衝動のまま、背後から抱きしめる。
ぎゃ、と、声をあげるのに小さく笑いながら、そっと耳元で、囁いた。
「メリークリスマス」
ずっと笑っていて。どうかもう、一人で泣かないで。そう、願いながら、やっと抱きしめることのできたことが、幸せだった。
「メリークリスマス、です」
やっと、この手の中に、彼女をつかんだ夜のお話。
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「君を手をつなぐ5題」
――だから、余計照れくさいのかもしれない。
窓の外を見れば、薄曇り。ホワイトクリスマスになるのか、それとも、星空のクリスマスイブになるのか。どちらにしても、楽しみだ、と、薄く笑った。
あれから。
こまめに食事に誘い、こまめに手を握った。……こう表現すると、何やら自分が変態くさい存在になったような気分になるが、まぁ、それだけこまめにアプローチしたということだろう。それに対してのレスポンスは、多少彼女の挙動が不審になったり、顔を赤らめてくれることがまれにあったり、といったところである。――まぁ、手をつなぐことに慣れすぎてそれでは顔を赤らめてくれなくなったのは、いいことなのかわるいことなのか。いや、手をつなぐ事すらできなかったらそれ以上にはすすめないのだからとそこまで考えたところで、仕事中であることに思い至り、とりあえず思考を停止する。
「しゅにーん、顔がやにさがってましたよ―。えっちー」
余計なお世話である。手に持っていた書類で部下の頭をひとつたたいて、ぶーぶー文句をいう部下をそのままに、仕事に集中した。
決戦は、仕事終わりからである。
「おっまたせしましたーっ。せんぱいっ」
息を切らせ、マフラーを巻いた彼女が、白い息を吐きながら駆け寄ってくる。微妙に色合いがクリスマスの配色のような今日の格好に、少し驚いてしみじみ眺めれば、むふふ、と彼女は笑ってそこで一度回る。
「どーですか、クリスマスバージョンな私っ」
「うん。かわいい」
「ちょ、ま、せんぱい、それはストレートすぎる」
ひゃあ、と手袋をした手を頬にあてる彼女の顔が、赤く染まる。うん、かわいい。きっと今、人には見られないほどだらしない顔になっているに違いない。でもいいんだ。かわいいんだから。そう内心で呟きながら、手を差し出す。
「いこう?」
ひとつ頷いて、素直に手を取る彼女に、湧き上がる嬉しさはどう表現したらいいんだろうか。もうすぐ、もう少し。きっと彼女を手に入れる、と、心に誓いながら、ゆっくりと山へと向かった。
山へは電車とバスで行く。もちろん、車でもいいのだが、この日に車をだすなど野暮すぎる。どこぞに連れ込むのであれば別だろうが、帰りはタクシーで我が家直行、これ決定なのである。彼女の了承は今のところないが、それはそれとして。山のふもとへのバスは、カップルだけではなく親子連れもいた。キャッキャとはしゃいでは親にいさめられている様子をみて、彼女が小さく笑った。その目が優しくて、やわらかくて。ふと、遠いあの日、完全に彼女に落ちた時のことを、思い出した。
「……ひとりに、してください」
夕暮れの教室で、震えながら、涙を零すまいと唇をかみしめ、それでも、こわばった笑顔を浮かべた彼女の姿。遠くから聞こえる部活の声と、少し肌寒い教室の気温と。打ち捨てられた小さなノート。ささいな、ささいな食い違いが友達同士で起こったとき、彼女はあいだにはさまれた。そして、その両方を何とかしようと、奮闘したにもかかわらず、今度は両方から彼女が攻撃された。些細な食い違いと、些細な擦れ違い。言ってしまえばそれだけのことなのだけれど、それでも彼女は笑って、両方をつなげた。つなごうとした。――彼女は、笑顔だった。いつも、いつも笑顔だった。けれど。
無言のまま彼女に歩み寄り、思わず抱きしめかけてとどまる。そして、彼女の手を、握る。びくりと震える彼女が逃れようと手を引くのを、少しばかりの強引さで留めて、ただ、握りしめる。
「君は、悪くない。君は、頑張った」
こんな時、上手い言葉の出てこない自分が、悔しい。ただ、それだけしか言葉にならなくて、それだけを繰り返していれば、彼女がしゃくりあげ、やがてぽろぽろと頬を涙が伝いおちる。次から次に、頬を伝い流れる涙を見つめて、その涙を拭うことができればと願いながら、けれど、ただじっと手を握り続けた。
――遠い遠い、昔の記憶。
バスから降りれば、すでに山のふもとで。間近で見上げる山は、美しくライトアップされていた。
ここからはケーブルと、スロープカーでのぼることになる。歩くのも悪くはないが、今日は無しだ。手を取り特別に夜間運行されているそれに、乗り込んだ。
よくある100万ドルの夜景、と、名づけられた風景が、眼下に広がる。工場地帯のこのエリアが、自分と彼女が生まれ育った町。少しばかり古臭くて、少しばかり暖かい。そんな街を眺めながら、同じように下を見つめる彼女に視線を移す。ともにある存在。ともにあってほしい存在。一度離れたけれど、あの同窓会で会った時から、狙い定めて今日まで来た。
逃がしてあげるつもりはない。涙を一人で流すことなどないように、ただ、守りたい。
無言のまま風景を眺め、スロープカーに乗り換える。ゆっくりと登るうちに、頂上のライトアップが次第に近くなっていく。きらきら、きらきらと光がふりまかれ、それが彼女の顔に反射する。
たどり着いた頂上で、皆が下りていくのの最後から、ゆっくりと展望台方面へと進む。きゃあきゃあとはしゃぎながら眺める人々、寒さに寄り添って眺める人々の群れをみながら、彼女の手を引いて、ゆっくりと、進む。
「……ねぇ」
「なんですか、せんぱい」
きょとん、と、見上げる彼女に、ほほ笑みかける。
「好きなんだけど。付き合って」
「っ! っっ!! せ、せ、せんぱいっ?」
一気に真っ赤になった彼女を、眺めながら、ゆっくりと夜景が見渡せる場所へと向かう。あうあうと言葉にならない言葉を漏らす彼女の背に手をあてて、ほら、と、促せば、一気に彼女の表情が変わった。
「う、わぁ。ライトアップって頂上だけじゃないんだ」
山のいたるところに、きらきらと光がちりばめられている。眼下の夜景と相まって、幻想的な風景となったそれは、山の上の寒い空気の中で、この上なく、きらきらと、きらきらと輝いてみえた。
無言のまま、二人で、その風景を見つめる。人の声、笑い声、楽しげな叫び、そして、感嘆の声。さまざまな人の声を聴きながら、二人、ただ無言で、その風景を見つめ続ける。
ふと、彼女が、見上げるように視線をこちらに向ける。
なに? と首を傾げれば、ふ、と、彼女が柔らかな蕩けるような笑顔をみせた。
「仕方がないから、付き合ってあげますよっ、せんぱいっ」
言葉とは裏腹に、彼女の顔は真っ赤で。目は潤んでいて。ああ、かわいいなぁ、と、衝動のまま、背後から抱きしめる。
ぎゃ、と、声をあげるのに小さく笑いながら、そっと耳元で、囁いた。
「メリークリスマス」
ずっと笑っていて。どうかもう、一人で泣かないで。そう、願いながら、やっと抱きしめることのできたことが、幸せだった。
「メリークリスマス、です」
やっと、この手の中に、彼女をつかんだ夜のお話。
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「君を手をつなぐ5題」
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