4.狼さんわたしを食べて
2011.12.13 Tue [Edit]
きらきらと輝く明かりと、豪奢に飾られた室内には、ひそやかな話し声と小さな笑い声が響いていた。
伴われるまま、開かれた扉から姫と王太子が現れた時、その声は一時、しん、と静まり返る。
如才なく礼を取り王と会話をはじめる王太子の横で、静かに礼を取りほほ笑みながら姫は内心、うっそりとした裏黒い笑みを浮かべる。
おやおや、思った以上に化け猫さんたちがいるようですわ。
絢爛豪華、といえば聞こえはいいものの、これ見よがしに着飾ったそれぞれは、かなり個人のセンスに左右されるらしく、一人二人を除いては、素材も品もいいはずであるのに、どこか品がなく見えてしまっていた。
「して、どうかな、この国は」
そこまでお年を召していないはずなのに、すでにどこか好々爺然とした王が、にこやかな笑みで姫に声をかける。たおやかに微笑みながら、そっと一度王太子に視線を向け、静かに頭を下げながら、姫は告げる。
「とても素晴らしい国だと思います。――このような素晴らしい旦那様に嫁げること、嬉しく思いますわ」
瞬間、数名の気配が変わる。裏に秘めたひっそりとしたきもちを、鋭敏に察知したか。それとも、言葉の裏を勝手な妄想で勘ぐったか。どちらにせよ、かなり切羽詰まっている方々がいるようだ。
これはこれは、旦那様も気が休まらないことだろう。
どこか遠くで、勝負開始の合図が響くのを感じて、姫は顔を伏せたまま、笑った。
謁見の間でのあいさつのときにも感じていたが、どうにもこの国の王の側妃たちは、少々頭が足りないのではなかろうか、と、見下すつもりはなくとも思わされる。なるほど、これでは次の正妃を側妃から選ばないわけだと、内心で納得し、王太子の隣に用意された席で、語りかけられるまだ当たり障りのない言葉にこたえつつ、そっと王を伺う。
と、視線が合えば、どこかにんまりとほほ笑む姿。
おやおや、これは、と、姫は静かに微笑み返す。これはこれは、さすがに一国の王であるだけあって、なかなかのたぬきでいらしゃるようだ。王太子は気づいているのかどうかはわからない、が、あの憂鬱っぷりからするに、上手いことごまかされているような気がしないでもない。
これは楽しくなってきましたわ、と、隣でどこか堅い表情の王太子をよそに、姫は楽しげに小さな笑い声を漏らした。
「姫様は、国ではどのように過ごされておられましたの?」
静かに繰り出したのは、第三妃だろうか。今日の晩餐には、第一から第三までの妃が出席を許されているようだった。昼間、こちらに手出しをしてきた第五妃はここに出られる立場ではない。だからこそ焦ったともいえるだろうけれど、と、そのような内心は一つも出さずに、そっと首を傾げて言葉を紡ぐ。
「なにも、ただ、必要なことを学び、必要なことをし、与えられた責務を果たしておりました」
「そうですの。しかし、お国の方もさぞかしさみしい思いをされたでしょう。姫様はとても愛されているという噂でしたから」
くすくすと漏れる笑いに混じるのは、僅かなあざけりだろうか。なるほど、愛されているのにこの国に嫁いだこと、その他もろもろ、国もろとも侮るつもりだろう。そもそもからして、呼びかけが姫様とは、なんとまぁ、愚かなことだろうか。
わざと頬を染め、一度ちらりと王太子に視線を向けると、恥ずかしげに眼を伏せる。
「その、わたくしが両親にお願いしましたの。王太子様を心よりお慕いしておりますから、どうぞ嫁がせてくださいませ、と」
まあ、と、大仰にいう第三妃の横で、第一、第二妃の顔色がわずかに変わる。そう、彼女たちは意味を理解したのだろう。隣国より古来ある我が母国の姫であるこの身が、この国に嫁ぐ意味、その理由が王太子である、ということ、その真なる意味は、母国がこの国自体を支持するのでは無く、王太子個人を支持するということに、同義となりうる。国と国との関係強化のように見えながらも、その実、王太子の後見を強めたこととなり、逆に言えば王太子に何かあれば、隣国との関係は破たんする。そう、私は寵愛される姫であるのだ。父に、母に、兄たちに愛されている。その姫が、王太子を慕い婚姻を結ぶ。それが壊れた時、では別のものと、と、代わりを差し出されたとてそれはあり得ないのだ。そして、そうするだけの力と縁が、この国からみれば小国のように錯覚されがちなわが国には、しっかりとあるのだ。
「そうですの。王太子殿下は、そのように慕ってくださる王太子妃殿下をお迎えになることができて、幸せでございますわね」
ほほ笑んでそういいのけた第一妃は、さすがと言えばさすがなのだろう。引きつりかけているようにみえなくもないけれども、それでもプライドにかけてか、繕いきってみせた。
「うむ、王太子よ、よき妃を得られたようだな」
その隣で満足そうに頷きほほ笑む王に、王太子たる彼は、静かに頭を下げていた。――その左手が、そっと胃のあたりをさすっているようにみえたのは、見なかったふりをして差し上げることにした。
最初の勝負は、こちらが頂きましたわ。
これからまだまだ勝負は続くでしょう。だけれども、負けるつもりなど、ほんのひとかけらすらもない姫なのだった。
「お疲れ様でした。今日はゆっくりと休まれてください」
「あら、もうお戻りになりますの? お茶でもいかがですか?」
姫にとってはとても有意義な晩餐を終え、王太子に伴われるままに戻った、私室にて、そういって引き揚げようとする王太子に、姫はそう声をかける。と、同時に、傍仕えの侍女が素晴らしい手つきでお茶を用意し始めるのをみて、彼は諦めたようにため息をつき、その言葉に頷いた。それを見届け、席に腰を下ろした姫は、僅かに眉を顰めているようにすら見える王太子に、優しくほほ笑んだ。
「あなたを支えます、と、申し上げたでしょう?」
彼は小さく首を振り、解せないというように姫を見つめる。
「それは、何故、なのです?」
「申し上げた通り……では、納得いきませんか?」
「いきません。あの言葉通りにしては、あなたの眼は強すぎる」
くすり、と、姫はほほ笑む。私は確かに、ひとつのかけには勝ったようだ、と。思った以上に、旦那様となる人は、優秀で、優しいようだから。――多少、気遣いが強すぎて、心に負担がかかっているようではあるけれど、それもまた、美点と言えば美点でしょう。
「そうですわね……では、一つだけ」
差し出されたいい香りのするお茶を楽しみながら、姫は一度目を伏せ、そして視線を彼にあわせる。
「あなたとならば、とても生きていくのが楽しいと思ったから、と、申し上げておきますわ」
自然と浮かぶ笑みは、いつも浮かべるほほ笑みではなく。艶やかで強かで、そして悪戯めいた笑顔だった。
しばし、じっとこちらを見つめていた王太子が、やがて、深く深く深く、長いため息を漏らす。
「素晴らしい妃を迎えた、というべきか、とんでもない方を迎えた、というべきか――」
その、何とも苦渋に溢れた言葉に、姫は、軽やかに声を上げて笑う。
「悩まれることなど、ありませんわ。私は貴方の妃となり、あなたは私をめとられる。それが唯一で、それ以上でもないのですから。そう――わたくしはあなたのものとなりますのよ?」
そっと声を潜めて、旦那様、と、呼んで見せれば、今まで取り繕った表情が嘘のように、うろたえはじめる彼に、姫はそれはそれは楽しそうに笑う。
そう、わたくしはあなたのもの。そして――あなたはわたくしのもの。
さてはて、狙われた子羊の未来やいかに――などと、内心戯れながらも、姫は楽しげに笑い続けるのだった。
狼さんは、さて、どっち?
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「歪んだ童話5題」より
伴われるまま、開かれた扉から姫と王太子が現れた時、その声は一時、しん、と静まり返る。
如才なく礼を取り王と会話をはじめる王太子の横で、静かに礼を取りほほ笑みながら姫は内心、うっそりとした裏黒い笑みを浮かべる。
おやおや、思った以上に化け猫さんたちがいるようですわ。
絢爛豪華、といえば聞こえはいいものの、これ見よがしに着飾ったそれぞれは、かなり個人のセンスに左右されるらしく、一人二人を除いては、素材も品もいいはずであるのに、どこか品がなく見えてしまっていた。
「して、どうかな、この国は」
そこまでお年を召していないはずなのに、すでにどこか好々爺然とした王が、にこやかな笑みで姫に声をかける。たおやかに微笑みながら、そっと一度王太子に視線を向け、静かに頭を下げながら、姫は告げる。
「とても素晴らしい国だと思います。――このような素晴らしい旦那様に嫁げること、嬉しく思いますわ」
瞬間、数名の気配が変わる。裏に秘めたひっそりとしたきもちを、鋭敏に察知したか。それとも、言葉の裏を勝手な妄想で勘ぐったか。どちらにせよ、かなり切羽詰まっている方々がいるようだ。
これはこれは、旦那様も気が休まらないことだろう。
どこか遠くで、勝負開始の合図が響くのを感じて、姫は顔を伏せたまま、笑った。
謁見の間でのあいさつのときにも感じていたが、どうにもこの国の王の側妃たちは、少々頭が足りないのではなかろうか、と、見下すつもりはなくとも思わされる。なるほど、これでは次の正妃を側妃から選ばないわけだと、内心で納得し、王太子の隣に用意された席で、語りかけられるまだ当たり障りのない言葉にこたえつつ、そっと王を伺う。
と、視線が合えば、どこかにんまりとほほ笑む姿。
おやおや、これは、と、姫は静かに微笑み返す。これはこれは、さすがに一国の王であるだけあって、なかなかのたぬきでいらしゃるようだ。王太子は気づいているのかどうかはわからない、が、あの憂鬱っぷりからするに、上手いことごまかされているような気がしないでもない。
これは楽しくなってきましたわ、と、隣でどこか堅い表情の王太子をよそに、姫は楽しげに小さな笑い声を漏らした。
「姫様は、国ではどのように過ごされておられましたの?」
静かに繰り出したのは、第三妃だろうか。今日の晩餐には、第一から第三までの妃が出席を許されているようだった。昼間、こちらに手出しをしてきた第五妃はここに出られる立場ではない。だからこそ焦ったともいえるだろうけれど、と、そのような内心は一つも出さずに、そっと首を傾げて言葉を紡ぐ。
「なにも、ただ、必要なことを学び、必要なことをし、与えられた責務を果たしておりました」
「そうですの。しかし、お国の方もさぞかしさみしい思いをされたでしょう。姫様はとても愛されているという噂でしたから」
くすくすと漏れる笑いに混じるのは、僅かなあざけりだろうか。なるほど、愛されているのにこの国に嫁いだこと、その他もろもろ、国もろとも侮るつもりだろう。そもそもからして、呼びかけが姫様とは、なんとまぁ、愚かなことだろうか。
わざと頬を染め、一度ちらりと王太子に視線を向けると、恥ずかしげに眼を伏せる。
「その、わたくしが両親にお願いしましたの。王太子様を心よりお慕いしておりますから、どうぞ嫁がせてくださいませ、と」
まあ、と、大仰にいう第三妃の横で、第一、第二妃の顔色がわずかに変わる。そう、彼女たちは意味を理解したのだろう。隣国より古来ある我が母国の姫であるこの身が、この国に嫁ぐ意味、その理由が王太子である、ということ、その真なる意味は、母国がこの国自体を支持するのでは無く、王太子個人を支持するということに、同義となりうる。国と国との関係強化のように見えながらも、その実、王太子の後見を強めたこととなり、逆に言えば王太子に何かあれば、隣国との関係は破たんする。そう、私は寵愛される姫であるのだ。父に、母に、兄たちに愛されている。その姫が、王太子を慕い婚姻を結ぶ。それが壊れた時、では別のものと、と、代わりを差し出されたとてそれはあり得ないのだ。そして、そうするだけの力と縁が、この国からみれば小国のように錯覚されがちなわが国には、しっかりとあるのだ。
「そうですの。王太子殿下は、そのように慕ってくださる王太子妃殿下をお迎えになることができて、幸せでございますわね」
ほほ笑んでそういいのけた第一妃は、さすがと言えばさすがなのだろう。引きつりかけているようにみえなくもないけれども、それでもプライドにかけてか、繕いきってみせた。
「うむ、王太子よ、よき妃を得られたようだな」
その隣で満足そうに頷きほほ笑む王に、王太子たる彼は、静かに頭を下げていた。――その左手が、そっと胃のあたりをさすっているようにみえたのは、見なかったふりをして差し上げることにした。
最初の勝負は、こちらが頂きましたわ。
これからまだまだ勝負は続くでしょう。だけれども、負けるつもりなど、ほんのひとかけらすらもない姫なのだった。
「お疲れ様でした。今日はゆっくりと休まれてください」
「あら、もうお戻りになりますの? お茶でもいかがですか?」
姫にとってはとても有意義な晩餐を終え、王太子に伴われるままに戻った、私室にて、そういって引き揚げようとする王太子に、姫はそう声をかける。と、同時に、傍仕えの侍女が素晴らしい手つきでお茶を用意し始めるのをみて、彼は諦めたようにため息をつき、その言葉に頷いた。それを見届け、席に腰を下ろした姫は、僅かに眉を顰めているようにすら見える王太子に、優しくほほ笑んだ。
「あなたを支えます、と、申し上げたでしょう?」
彼は小さく首を振り、解せないというように姫を見つめる。
「それは、何故、なのです?」
「申し上げた通り……では、納得いきませんか?」
「いきません。あの言葉通りにしては、あなたの眼は強すぎる」
くすり、と、姫はほほ笑む。私は確かに、ひとつのかけには勝ったようだ、と。思った以上に、旦那様となる人は、優秀で、優しいようだから。――多少、気遣いが強すぎて、心に負担がかかっているようではあるけれど、それもまた、美点と言えば美点でしょう。
「そうですわね……では、一つだけ」
差し出されたいい香りのするお茶を楽しみながら、姫は一度目を伏せ、そして視線を彼にあわせる。
「あなたとならば、とても生きていくのが楽しいと思ったから、と、申し上げておきますわ」
自然と浮かぶ笑みは、いつも浮かべるほほ笑みではなく。艶やかで強かで、そして悪戯めいた笑顔だった。
しばし、じっとこちらを見つめていた王太子が、やがて、深く深く深く、長いため息を漏らす。
「素晴らしい妃を迎えた、というべきか、とんでもない方を迎えた、というべきか――」
その、何とも苦渋に溢れた言葉に、姫は、軽やかに声を上げて笑う。
「悩まれることなど、ありませんわ。私は貴方の妃となり、あなたは私をめとられる。それが唯一で、それ以上でもないのですから。そう――わたくしはあなたのものとなりますのよ?」
そっと声を潜めて、旦那様、と、呼んで見せれば、今まで取り繕った表情が嘘のように、うろたえはじめる彼に、姫はそれはそれは楽しそうに笑う。
そう、わたくしはあなたのもの。そして――あなたはわたくしのもの。
さてはて、狙われた子羊の未来やいかに――などと、内心戯れながらも、姫は楽しげに笑い続けるのだった。
狼さんは、さて、どっち?
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「歪んだ童話5題」より
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