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3.魅惑の髪に口づけを

2011.12.12 Mon [Edit]
――どうやら、一筋縄ではいかない人間を、正妃として迎えてしまったらしい。

晩餐までの時間、部屋まで姫を送った彼は、とどまるところを知らず押し寄せる書類と陳情の処理のために、自らの執務室へと戻った。執務室では、すでに書類が待ち構えており、どこかにこやかな側近が嬉々として整理をはじめる。いつもならばどことなく不機嫌な様子で処理するであろうにその浮かれた様子に気が沈む。それについて言及すれば間違いなく聞きたくないことを聞かされるに違いない、と、知らぬふりで執務机に向かう。

とりあえず、今日はもう襲撃はないだろう。そう予測できてしまう現状にも、では明日はあるかもしれないのかと思わざるを得ない現状にも本当にうんざりだった。ため息と胃痛と、不眠はもう長い。ただでさえ憂鬱な日々だというのに、迎えた姫はどこか怪しい。いや、まだわからないが、少なくとも女性不信どころか人間不信の傾向すらある彼にとっては、頭痛の種に間違いなかった。

考えれば考えるほどのめりこんでいってそのうち戻れなくなってしまいそうで、頭を振って意識を書類に戻す。必要な書類は多い、が、紛れているふざけた書類どもにも苛立ちが募る。これくらいお前らで処理しとけよっていうかなんで俺のところに最終決済王印のいる書類が混じってるんだ仕事しろよ親父ぃぃ!! と、内心ではどれほど罵倒しようとただひたすらに手を動かし指示を出す。しなければ埋もれるのだ。しなければ進まないのだ。ああ、何故自分はここにいるのだろう――再びそんな思考の迷宮にとらわれかけながらも、彼はひたすらに執務を進める。

あとに迫る晩餐の時間のことを考えないようにするがためにも、ただひたすらに執務に励むのだった。




しかし、時は人の上に無情にも平等に過ぎる。いかにいやだと考えまいとしたところで、時は進み時間がやってくる。

「お時間ですよ」

語尾が微妙に弾んでるように聞こえるのは、その顔が意地悪く楽しげに見えるのは、気のせいなのだろうか、と軽く睨み付けるように側近を見やれば、笑顔が広がる。そのまま側近は彼を立たせると、身支度をさせるために部屋の移動をはじめ、嫌だいやだと思う間もなく、着替えを終えて姫を迎えに行くように言われる。

いきたくない、と、言えればどれだけ幸せなことか。

唯一救いと思えるのは、部屋に案内した時、調度を見た彼女の表情が一瞬苦く見えたことだろうか。過剰な浪費を好まない相手だといい。少なくともほかの、父の妃たちのようにこれでもかと後宮費を使い、さらに裏黒い部分では実家の金を使いまくる連中よりは、多少なりとも質素とは言わぬまでも堅実であってくれればそれでいい。彼の中での希望は、今までの経験で擦り切れどうやらとてつもなく低いものになってしまっているようだった。

姫の部屋は、執務室からは遠い。婚姻の儀式を上げるまでの間は、まだ王太子宮に迎えいれることができず、正宮の後宮とされる区域の中の、王太子の妃たちが集うことになる区画の一部に室を与えられる。王の後宮とは庭を同一にするが、それぞれ別となっており、基本的に何らかの行事やなにかがないかぎりは、王太子と言えども王の後宮に入ることはなく、また、王と言えども王太子の後宮に入ることはないようになっていた。

先触れの声を聞きながら、やがてたどり着いた姫の室の扉が開く。扉の両側にこの室付きの侍女たちが見えるが、どうにもこれらは王の側妃たちの紐付きであるようで、注意が必要だと報告を受けている。数名その中に、信頼できるものを混ぜてあり、それらをちらりと見やればそっと頷くのが見える。やがて、国より連れてきた侍女に促され、姫が現れる。

ふわりと揺れる金糸の柔らかな髪が、ゆっくりとお辞儀をし、そして顔をあげた。淡い色のドレスをまとうその姿はどこか儚げで、これはこの国で生きていけるのだろうか、という思いが、それまで抱いていた印象を押し流す様に湧き上がる。が、顔をあげまっすぐにこちらを向いて微笑む姫の眼を見た瞬間、がらりと印象が変わる。見つめる瞳は、その柔らかく魅惑する髪と肢体の儚さを裏切って、どこまでも強かに輝いていた。

「お待たせして申し訳ありません。――まいりましょう、わが君」

告げられた声に促され、そして手を差し伸べる。重ねられた手は小さいものであったけれども、恐らく彼女がつかむものはとても大きい。そんな思いにとらわれ、ゆっくりと伴い歩きながら、彼は静かに問いかけた。

「――何を、成されますか」

あいまいな問いであり、そもそも姫として生きてきたものに向ける言葉ではないかもしれない。けれど、彼は問わずにはいられなかった。その彼女の眼に、その光に、その瞬間は確かに魅了されていたのだった。

くすり、と、楽しげな笑みをこぼした姫は、その顔にどこか悪戯めいた、しかしながらどこまでも果てしなく艶やかで強かな色を浮かべながら、唇を開く。金糸の髪が光に透けてさらりと揺れた。

「何も。ただ、わが君を支え、お力になりましょう」

つられるように彼も小さく笑みをこぼす。支え、力になる、という。この国の現状を、王太子たる彼の状況を理解した上でのその言葉ならば、それは何もなさないことではない。何もかもを覆しかねないという、ことだ。ずきり、と、胃に痛みが走る。いや、現状が改善されるならそれに越したことはないだろう。だが、そうたやすく変わるわけがない。むしろこれから、どういう状態になるのか。自分が周囲が無理だったものを、どうするというのか。引きつりかけた表情を覆い隠し、それをごまかす様に彼は息をつく。

ゆっくりとほほ笑みあいながら、時折囁きあうように身を寄せ合う姿はまるで髪に口づけすらいるようで、その歩く二人の姿は、はたから見れば仲睦まじく穏やかな風情で、見送る侍女や従者がほうとため息を漏らす。

「なるほど。では、まずはお手並みを拝見しましょう。――できれば、平穏に」

我ながらそれは無理だとわかりながらも、これ以上の頭痛の種は勘弁してほしいと、彼の本音がちらりとこぼれる。くすりと再び笑い声を漏らした姫は、そっと彼に視線を合わせ、あでやかに微笑んだ。

「危険なくして大きな見返りはありませんわ。わたくし、負ける賭けは大嫌いですの」

やがてたどり着いた晩餐の間の前、中にはおそらく、王と出席を許された上位の妃が数名いることだろう。これからの時間を思い、彼は次第に胃の痛みがひどくなってきているような感覚を覚え、僅かに顔を引きつらせるのだった。


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「恍惚の童話5題」より

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