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5.狼まであと何秒?

2011.12.03 Sat [Edit]
真っ直ぐに向けられる感情が、嬉しくなかったわけじゃない。
愛しくて、恋しくて。誰よりも大切だからこそ。
簡単に言葉になんて、できるわけがなかった。

だけど、みすみすほかの男にかっさらわれるなんて、指をくわえて見ていられるわけがない。
一度は、彼女が幸せになるなら、などと、物わかりのいい大人ぶって諦めようとしたことなど、記憶の奥底へ沈めこんで、今はただ、抱きしめた。やっと、この腕の中に囲うことのできた温もりを、確かめるように抱きしめ続けた。

幸せになるならいい。
けれど、こんな顔をさせる相手になど、誰がくれてやるものか。

伝わる温もりが、ジワリと体の熱を煽る。普段はあまり強く脈打つことのない心臓が、拍動しているようで、その余裕のなさが彼女に伝わりはしないかと、不安がよぎる。けれど、それでも、彼女を抱きしめる手を緩める気はなかった。離すことなど、できなかった。

そうだ。
彼女が欲しい。

どれだけ言い訳しようと、大人ぶろうと、言葉を重ねようと、結局はそういうことなのだ。

今、腕の中にある彼女の温もりが、愛しくて、身じろぐ彼女を閉じ込めるように、強く、抱きしめた。





触れる腕から伝わる柔らかさと、その香りに、改めて彼女がもう少女から脱皮しようとしている年頃なのだと痛感する。特に香水などをつけているわけじゃないだろうに、なぜこんなに甘く香るのか。人は、お互いに求め合う相手の香りを心地よく感じるという。ならば、彼女は、自分にとって最良の相手なのだろうか。

油断すると、手が彷徨いそうになるのを、思考を巡らせることでとどめる。不埒な思いは、今はまだ封じておかなければならない。けれど――ああ、男はオオカミなのだ、などと、使い古されたフレーズを使うまでもなく、間違いなく今、無意識の誘惑に振り回されているのだ。

けれど。

「……っ、ないて、るんですか」

すすり泣くような声が聞こえて、焦りながら少し力を緩めれば、涙が目元から零れ落ちるところだった。成長したとはいえいまだまろさを残す少女めいた頬を、静かに涙が伝う。綺麗だ、と、目が離せない。泣いている、泣かせた、という意識よりも、その、涙の流れる様に、目を奪われた。

見つめる先、彼女はその視線を避けるように目を伏せる。ああ、隠れてしまった。そっと覗き込むようにすればむずがるように無意識にか首を振る。鼻をすするような音に、胸が軋む。

「なかないで、ください」

途切れ途切れに告げた言葉は、どこか掠れてしまっていた。そっと、その涙をぬぐおうと手を伸ばせば、びくりと彼女は、それを避けた。思わず、息をのむ。拒否されたことで、胸が痛みを増した。

「ひどいよ、おにいちゃん……」

うつむいたままの彼女がつぶやく。ひどく掠れたその声は、苦しそうに吐き出された。そして、勢いよく顔をあげた彼女は、涙にぬれる顔をそのままに、こちらを睨み付けながら叫んだ。

「ひどいよ、どうして、どうして、優しくするのよ。恋愛ごっこって、子供って……いったじゃない! 私なんか、邪魔なんでしょう?! だったら、優しくしないでよ! 構わないでよ、お兄ちゃんの、お兄ちゃんの……っ、ばかぁ! お兄ちゃんなんて、だいき……っ」

最後まで聞かず、再び強く抱きしめる。強く強く、彼女を支えるように、そして――まるで自分がすがりつくかのように。

胸が痛む。心臓が、激しく脈打つ。頭が真っ白で、血が上っているのか引いているのかわからない。わかるのは、自分が愚かだということ、そして、彼女を傷つけていたという事実だった。

腕の中で震える彼女を、ただ抱きしめる。体をこわばらせていた彼女が、やがて少しだけ力を抜いて、ぎゅ、とこちらのシャツをつかんできて、再び心臓が激しく脈打つ。

「……すみません」

声が震える。まるで吐息のような言葉を、抱きしめた彼女の耳元でささやくように告げる。ひとつ息をついて、少しだけ腕の力を緩めるけれど、彼女は胸に顔を隠す様に埋めたままだった。

「なにを、あやまってるの。離して、もう、迷惑かけない、から」

震える声が告げる言葉に、苦しくなる。
違うんだ。そうじゃないんだ。本当は――。

湧き上がる想いのまま、素直に言葉を紡ぐ。
16歳。結婚はできるけれど、まだ法令に保護される年齢であること、そして、あと3年、待つつもりだったこと。
ぽかん、と見返す彼女の顔をまっすぐ見られなくて、視線をそらす。

「小さいころから、まっすぐ自分に向かってきてくれる子がいて、その子が次第に女らしく成長していく。――それに魅了されない男がいると思いますか? ずっと、まっすぐに向けられる感情がくすぐったくて心地よくて、愛しくて――だけど、だからこそ、いい加減なことをしたくなかった」

せめて高校を卒業してから、それからゆっくりと、時間をかけられれば、と思っていた。本当にお互いを思いあうのなら、それでもいいだろうなどと、思われる余裕からか、勝手に判断していたのは愚かな自分だった。

「……お、にいちゃ、ん」

どこかまだ、茫然とした様子で見返す彼女に、一つ深呼吸して微笑む。

そう、愚かだった自分は、もしかすると年齢差を言い訳に、逃げていただけかもしれない。そう、彼女に間違いなく感じる愚かな劣情を、相手が幼いのだからと言い訳することでごまかして、逃げていたのかもしれない。

――もう、間違わない。

「好きですよ。大好きです。――だから、誰にも触れさせないで。僕のものでいてください」

ゆっくりと柔らかな彼女の髪を撫でる。茫然としていた彼女の顔が、じわりじわりと驚きへと変わり、次第に朱に染まっていく。そのさまが、愛らしくて愛しくて――口づけたい、と、思う気持ちを、ねじり伏せる。

「……すき」

返された言葉は、ずっと何度も聞いていたにもかかわらず、今までに聞いたどの言葉よりも、心を満たしてくれた。

緊張の糸が切れたように泣き出した彼女を抱きしめて宥めながら、静かに、手の中にある幸運をかみしめたのだった。




「……相変わらずの、泣き虫、ですね」

「そ、そんなことないもん。泣かせたのお兄ちゃんだし! それに普段めったに泣かないし!」

「そうなんですか? でも、僕はいつも泣いてるところを見てる気がしますよ」

「き、気のせいだし!」

「それから……」

「な、何?」

「お兄ちゃん、は、いい加減なしにしませんか?」

「っ、な、な?」

「名前で呼んでください。ね?」

「あ、う……鋭意努力します!」

そう、早く、名前で呼んで。
待っていられるのは、あと少し。理性はもう、ぎりぎりの綱渡りなのだから。

今まで待った時間が長いから、これからもまだ大丈夫。

けれど。

「……期待、してますよ」

眠れる狼が目覚めないように、どうか、気を付けて。




真っ直ぐに向けられる感情が、嬉しくなかったわけじゃない。
愛しくて、恋しくて。誰よりも大切だからこそ。
簡単に言葉になんて、できるわけがなかった。

けれど、大切だからこそ、失えるわけがなかった。

愛も恋も、関係ない。

君が唯一の、大切な人。


fin


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「無防備なきみに恋をする5題 」より

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