3.無意識のゼロセンチ
2011.12.01 Thu [Edit]
気が付けば隣にいた。
振り返れば微笑んでいた。
はじけるような笑顔で、駆け寄って、飛びついてくる。
それが、当たり前のことだった。
「……どうしたらいいんでしょうねぇ」
つい、弱音を零せば、聞きとがめたのかちらりと母の視線がこちらに向く。
どことなく冷たいその視線の意味は、問うまでもないだろう。
はっきりと聞いてくればいいものを、聞かないところがありがたいのかたちが悪いのか、判断に困るところだ。
なかなか会えない、と、思っていたけれど。
より一層会えなくなるとは、どういうことなのだろう。
以前であれば、何かと自分がいないときでも、この家に来ていたというのに、その行動がぱたりと途絶えた。
さらに言えば、遠目で見かけることがあったとしても、彼女はこちらなど知らぬ風情で、するりと自宅へ帰ってしまう。
文字通り、避けられている。
頭を抱えて唸りたくなるが、そんな行動をとれば、目の前の母の思うつぼである。
まぁ、それでも、こうして何気なく実家に帰ってくる回数が増えた息子と、訪ねてくる回数の減った隣家の娘と、考え合わせれば何らかの答えはもっているのかもしれない。
ぼんやりとリビングに居座る自分を、多少うっとおしいそうな視線を向けつつも、放置していてくれるのだから。
「まったく。少しは手伝いなさいな、でかい図体していい年して」
そうでもなかった。キッチンに立って料理をしながら、ぼそりとつぶやかれた言葉は、とりあえず聞かなかったことにして、立ち上がると冷蔵庫へ向かう。
飲んでないとやってられないよな、と、冷蔵庫を開けると、ビールと発泡酒が並んでいた。迷わずビールを取ろうとしたところで、さえばしで手をたたかれる。
「っ、なにを」
「誰がビールとっていいといった。それは父さんの。あんたは発泡酒で十分」
ほれほれと発泡酒を押し付けられ、どこか理不尽な気分で眉をしかめれば、ふんと、母に鼻で笑われる。
「もっと売れっ子になったらビールでもいいウィスキーでも飲ませてやるわよ。ああ、それ以前にもっと甲斐性がついてからかしらー」
おほほほほ、と、軽やかにわざとらしい笑い声をあげる母に、ため息が漏れる。
かなり、いろいろとご機嫌がよろしくないようだ。母は彼女が気に入っていた。訪ねてくる彼女が、ほとんど最近顔をみせないとなると、不満もあるのだろう。ここは甘んじて受けるべきか、と、缶を片手にテーブルへ戻る。
と。
チャイムが鳴る。
客か? もしかして? とそちらを見れば、手が離せないらしい母がさえばしでそちらを指し示す。
「あー、あんた、出て」
しょうがない、というそぶりを見せつつも、心臓がなる。もしかして。もしかしたら、彼女が来たのではないだろうか。
年甲斐もなく煽る心臓をなだめつつ、少し小走りになりながら向かった玄関で、扉を勢いよく開けば、驚いたように目を見開く彼女がそこにいた。
「あ……」
茫然と、しかしどこか今にも逃げ出しそうな彼女に、焦る。
「……久しぶりですね」
もっとこう、ほかにないのか、と、自分に情けなくなりながらも言葉を継げれば、彼女が焦ったように手に持っていた荷物を渡してくる。
「あ、あの、これ。かーさんから。おすそ分けとあと、回覧板!」
ぐい、と押し付けるように渡されたそれを、思わず受け取れば、彼女はそのまま、頭を下げた。
「じ、じゃあ。おじゃましました!」
「あ、待ってください」
逃げるように去ろうとする彼女を、引き止める。謝罪したい気持ちや、伝えたいけれど伝えられない思い。
思わずつめた距離は、かなり近くて、そう、あと少し手を伸ばせば、抱きしめることができるほどの距離で。
誘惑に、心が揺らぐ。
けれど。
そんな自分の気持ちなど、彼女は知る由も、なく。
はじかれるように、彼女が視線を合わせぬまま、言葉を紡ぐ。
「あ、あの、その。うん、今まで迷惑かけてごめんなさい。お兄ちゃん忙しいのに、なんか邪魔ばっかで。うん、だいじょうぶ、私は平気だし、うん。あ、友達にいわれたんだ、新しい恋でもしたらって。がんばってみようかなーっておもうんだ! だから、うん。いままでありがとうね、お兄ちゃん!」
何も、いえなかった。やめろ、と、言う資格が、自分にあるのか、とか、邪魔じゃない、とか、言いたいことはいっぱいあるはずなのに、言葉にならなくて。きりきりと、胸の奥に、差し込むような痛みを覚えた。
そうじゃない、好きなんだ。誰よりも大事なんだ。抱きしめて、そう伝えたい。――けれど。見守るんじゃなかったのか、とか、彼女も変わろうとしてるんじゃないのか、とか、彼女の行動を止める権利が自分にあるのか、とか、次々と言葉が浮かんで消えていく。
ゆっくりと、距離を取る。
さっきまでは、0に近い距離。今は、少し遠い。
深く深く、深呼吸をして、動揺を鎮める。せめて、愚かな思いを隠しきれるように、と、それを願いながら、言葉を紡ぐ。
「あなたの気持ちは、よくわかりました。――引き止めて済みません。おばさんにお礼いっておいてくださいね」
彼女の顔を、みることができなくて。
そのまま、静かに扉を閉じる。
手の中のお裾分けは、ほんのりと暖かくて、それが最後のつながりのようで、思わず強く、握りしめた。
真っ直ぐに向けられる感情が、嬉しくなかったわけじゃない。
愛しくて、恋しくて。誰よりも大切だからこそ。
簡単に言葉になんて、できるわけがなかった。
だけど――自分は、どこで間違ってしまったんだろう。
答えは、まだ、見つかりそうになかった。
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サイト名:確かに恋だった
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「無防備なきみに恋をする5題 」より
振り返れば微笑んでいた。
はじけるような笑顔で、駆け寄って、飛びついてくる。
それが、当たり前のことだった。
「……どうしたらいいんでしょうねぇ」
つい、弱音を零せば、聞きとがめたのかちらりと母の視線がこちらに向く。
どことなく冷たいその視線の意味は、問うまでもないだろう。
はっきりと聞いてくればいいものを、聞かないところがありがたいのかたちが悪いのか、判断に困るところだ。
なかなか会えない、と、思っていたけれど。
より一層会えなくなるとは、どういうことなのだろう。
以前であれば、何かと自分がいないときでも、この家に来ていたというのに、その行動がぱたりと途絶えた。
さらに言えば、遠目で見かけることがあったとしても、彼女はこちらなど知らぬ風情で、するりと自宅へ帰ってしまう。
文字通り、避けられている。
頭を抱えて唸りたくなるが、そんな行動をとれば、目の前の母の思うつぼである。
まぁ、それでも、こうして何気なく実家に帰ってくる回数が増えた息子と、訪ねてくる回数の減った隣家の娘と、考え合わせれば何らかの答えはもっているのかもしれない。
ぼんやりとリビングに居座る自分を、多少うっとおしいそうな視線を向けつつも、放置していてくれるのだから。
「まったく。少しは手伝いなさいな、でかい図体していい年して」
そうでもなかった。キッチンに立って料理をしながら、ぼそりとつぶやかれた言葉は、とりあえず聞かなかったことにして、立ち上がると冷蔵庫へ向かう。
飲んでないとやってられないよな、と、冷蔵庫を開けると、ビールと発泡酒が並んでいた。迷わずビールを取ろうとしたところで、さえばしで手をたたかれる。
「っ、なにを」
「誰がビールとっていいといった。それは父さんの。あんたは発泡酒で十分」
ほれほれと発泡酒を押し付けられ、どこか理不尽な気分で眉をしかめれば、ふんと、母に鼻で笑われる。
「もっと売れっ子になったらビールでもいいウィスキーでも飲ませてやるわよ。ああ、それ以前にもっと甲斐性がついてからかしらー」
おほほほほ、と、軽やかにわざとらしい笑い声をあげる母に、ため息が漏れる。
かなり、いろいろとご機嫌がよろしくないようだ。母は彼女が気に入っていた。訪ねてくる彼女が、ほとんど最近顔をみせないとなると、不満もあるのだろう。ここは甘んじて受けるべきか、と、缶を片手にテーブルへ戻る。
と。
チャイムが鳴る。
客か? もしかして? とそちらを見れば、手が離せないらしい母がさえばしでそちらを指し示す。
「あー、あんた、出て」
しょうがない、というそぶりを見せつつも、心臓がなる。もしかして。もしかしたら、彼女が来たのではないだろうか。
年甲斐もなく煽る心臓をなだめつつ、少し小走りになりながら向かった玄関で、扉を勢いよく開けば、驚いたように目を見開く彼女がそこにいた。
「あ……」
茫然と、しかしどこか今にも逃げ出しそうな彼女に、焦る。
「……久しぶりですね」
もっとこう、ほかにないのか、と、自分に情けなくなりながらも言葉を継げれば、彼女が焦ったように手に持っていた荷物を渡してくる。
「あ、あの、これ。かーさんから。おすそ分けとあと、回覧板!」
ぐい、と押し付けるように渡されたそれを、思わず受け取れば、彼女はそのまま、頭を下げた。
「じ、じゃあ。おじゃましました!」
「あ、待ってください」
逃げるように去ろうとする彼女を、引き止める。謝罪したい気持ちや、伝えたいけれど伝えられない思い。
思わずつめた距離は、かなり近くて、そう、あと少し手を伸ばせば、抱きしめることができるほどの距離で。
誘惑に、心が揺らぐ。
けれど。
そんな自分の気持ちなど、彼女は知る由も、なく。
はじかれるように、彼女が視線を合わせぬまま、言葉を紡ぐ。
「あ、あの、その。うん、今まで迷惑かけてごめんなさい。お兄ちゃん忙しいのに、なんか邪魔ばっかで。うん、だいじょうぶ、私は平気だし、うん。あ、友達にいわれたんだ、新しい恋でもしたらって。がんばってみようかなーっておもうんだ! だから、うん。いままでありがとうね、お兄ちゃん!」
何も、いえなかった。やめろ、と、言う資格が、自分にあるのか、とか、邪魔じゃない、とか、言いたいことはいっぱいあるはずなのに、言葉にならなくて。きりきりと、胸の奥に、差し込むような痛みを覚えた。
そうじゃない、好きなんだ。誰よりも大事なんだ。抱きしめて、そう伝えたい。――けれど。見守るんじゃなかったのか、とか、彼女も変わろうとしてるんじゃないのか、とか、彼女の行動を止める権利が自分にあるのか、とか、次々と言葉が浮かんで消えていく。
ゆっくりと、距離を取る。
さっきまでは、0に近い距離。今は、少し遠い。
深く深く、深呼吸をして、動揺を鎮める。せめて、愚かな思いを隠しきれるように、と、それを願いながら、言葉を紡ぐ。
「あなたの気持ちは、よくわかりました。――引き止めて済みません。おばさんにお礼いっておいてくださいね」
彼女の顔を、みることができなくて。
そのまま、静かに扉を閉じる。
手の中のお裾分けは、ほんのりと暖かくて、それが最後のつながりのようで、思わず強く、握りしめた。
真っ直ぐに向けられる感情が、嬉しくなかったわけじゃない。
愛しくて、恋しくて。誰よりも大切だからこそ。
簡単に言葉になんて、できるわけがなかった。
だけど――自分は、どこで間違ってしまったんだろう。
答えは、まだ、見つかりそうになかった。
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「無防備なきみに恋をする5題 」より
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