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[思考]私の文章と、過去を振り返る。

2013.10.23 Wed [Edit]
146/366: I love writing utensils
146/366: I love writing utensils / Madame Meow




なぜ、文章を書くのか。

昔は、心を吐き出すため。
まじめに文章らしきものを書きだしたのは、中学生から。

いまでも、心を吐き出すためでもあるけれど、それは、心を整理するための手段なのかもしれない。

なぜ、書き始めたのか。

ふと、そんなことを考えてみた。




最初は、私、詩のような散文を書いていたはず。
そして、それのおかげで、人に何かを伝えることが出来る、と、小学生の時に知ったはず。

人に見せずとも、書くことで心が軽くなるとしったのは、それから少ししてから。

中学に入る頃には、どんな形であれ、文章を書くことが大好きで仕方なかった気がする。

それを、「見せる」ことに意識を向けたのは、たぶん、中学のときに授業で書いた、擬人化を駆使した文章が、先生の学習教材の一例として、国語科の研究雑誌に文章として印刷された形で載ったのをみてから、かもしれない。

そのころから、私は、文章を人に見せる、読ませる、ということに、興味を持ち始めたように、思う。

かといって、中学時代、私は、物語らしき物語を書いた記憶が無い。
その頃はまだ、散文のような、詩のようなものを、私は詩だと思い込んで、書いていた。

今思えば、詩というには散文的で、散文だというには妙に詩的な、どちらとも付かないものだったけれど。

まあ、これに関しては、未だに詩らしき詩をかけてる気がしないので、成長があるのかどうかはわからない。


おそらく、私が物語を書く、ということをはっきりと始めたのは、高校に入ってからだろうと思う。

それは、ある意味オタク的出会いがあったからでもあり、巡りあった友人のお陰でもあった。

けれども、その頃の私は、物語を完成させた覚えがない。

冒頭やシーンを書いて悦に入る、つまりはどこにでもいるそこらへんの、それなりにかけるけどそこまで、な、ワナビ出会ったことは間違いない。

まともに物語を完成させられたのは、大学に入ってから。

大学時代、友人達の付き合いと興味から、私はなぜか漫研に入部する。

ちなみに、絵は全くかけないのに、である。

ありがたいことに先輩たちにもかまってもらえ、同人活動なんぞもし、それらの二次創作的なものをカウントしないで、オリジナルの作品ではじめて、私の中で明確に「完成させた」と思えるのは、大学祭のときに発表するために書いた、短い、おそらく原稿用紙30枚ほどの短編である。

ホラーなのか、ミステリーなのかわからない、そんな物語が、私のある意味、習作としての処女作であったといえるだろう。

その翌年、短大も併設していた学校であったこともあり、2年が部長として抜擢される中で、何故か、絵がかけない私と、そこそこ絵もかくけどどっちかっていうと文章という短大の子が部長副部長になったのは、なんの因果か、なんにせよ、面白い状況だったろうなと思う。

その後も数作は書いたけれど、どこかでみたようなSFもどきを2年連続書いてお茶を濁しただろうお前、というような状態だった私は、うん、若かったことも有り、後輩たちに多大な迷惑をかけたことは否定しない。うん、ごめん。

大学卒業間近のころ。私は持病が再発し、入退院を繰り返すような状況になる。

卒業後、ステロイドによる両方をとった私は、精神的・肉体的に最悪だった。
落ち込んだ。みな働いてるのに、私はなにもできない、と、ぼろぼろだった。

そんな中、私は、恩師である先生に、一通の手紙を書く。

この恩師のお陰で、私は、大学時代を自由に過ごせたと言って過言ではない。
卒論で、好き放題、好きなもので、のびのびと論文を書いた上に、それを大学という狭い範囲とはいえ、学生と先生の集まった学会で、発表させてくれたのだから、ありがたいものだ。

その恩師から、一度、言われた言葉がある。

君は、物書きになりなさい。

卒業後のことだろうと記憶している。
まだ、ステロイドで顔中がニキビだらけで、体もぼろぼろで。
でも、何とかしたいと思いつつ、周囲の支えで外に出ていた時。
私は、いっそ、と、二部式の着物を着て、ブーツをはく、という、今思えばやけくそじゃないかと思うような格好で、大学の学園祭に遊びにいった。
よほど、世の中を斜めにみていたのか、やさぐれていたんだろうな、と思う。

そんな私は、恩師と何か言葉を交わしたようだ。

そして、帰り際、エレベーターの閉まるとき。

恩師が、そう、言葉をくれたのだ。

その言葉は、私の中で、大きな力となり支えとなり、いまに至ってもありがたい言葉だと、私の中に存在している。

そして。
私は、手紙を書いた。

どうしたら。作家になれますか。

今思えば、はずかしい事この上ない手紙であるが、内容もはっきり言って、どんなふうに書いたのかすら覚えていないのだが、相当な悲壮な覚悟で書いたものらしく、手紙を出したあと、丁寧なはがきをいただいた。

「作家とは、営業である」

その葉書も、実家のゴタゴタに伴う急な引っ越しやら、色々と続いた不幸事によって、すでに手元にはないのだけれど、書いてあったのは上記のような言葉であり、それはつまり、余程の売れっ子な作家でない限り、そういうことなのだろうと、納得したものである。

王道に近道なし、ということなのかもしれない。


その後、就職してみたり、体を壊して入退院を繰り返したり、ちょっと恋に生きてみたり、結婚してみたり子どもを産んでみたり離婚をしてみたり。
子育てと仕事を両立させるぜと気合を入れて体を壊してみたり。

思えば、長いこと、時間が立ったものだ、と思う。

物書きになりなさい、と言ってくださった言葉に支えられて、形にならなくとも文章を書き続けてきたけれども、お恥ずかしながら食べていけるようなもの書きになれる気配はないし、おそらく、私はまだそんな努力すらしていない。

それでも、私は文章を書き続けるのは、文章を書くことが好きだからでも有り、作家になれ、ではなく、物書きになれと言ってくださったあの言葉と、子供の頃から連綿と続く、文章に関してだけは体験することの出来てきた成功体験のおかげなのだろうな、と思う。

これから先、私は、文章によって食べていけるほどになるのかどうか、は、わからないし、そうなりたいのか、も、自分でもわからない。

わからないけれど、それでも、私は文章を書き続けるだろうし、それでいいのじゃないかな、とおもっている。

これから先。

どうなろうとも、死ぬその寸前まで、どんな形であれ、文章を、文字を、書き連ね書き綴っていられれば、私は、幸せなのかもしれない。

ああ、良い人生だった、と。
もし、叶うならば、その思いを書き連ねてから、往生したいものだ、と思う。

そんな風に、思う、私だった。


ここまで読んでくださったことに、感謝を。

これからも文章をかける、生きていることに、心からの感謝を。


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