[掌編]私はあなたが大嫌い
2013.04.22 Mon [Edit]
2009 05 23 - 6476 - Barnegat Light - Oliver and the birds / thisisbossi
だから私は、あなたが嫌いなんだ。
目の前でニコニコと笑う彼女に、同じように笑い返しながら、内心で答える。
いつでも、要領がよくって、ちょっとドジで、そこそこ可愛くて、気がつけば周りが手助けしてくれる。
いつでも、その手助けが来ることを無意識のうちに当然としていて、自然体で護られているような子。
無意識だから、嫌味がなくて、だから余計に、たちが悪い。
ほら、いまも。
私があなたを助けると思ってるのでしょう。
だから、そんなに笑顔でいられるのよ。
私がいてくれてよかった、なんて。
笑顔の裏にある私の思いに、これっぽっちも気づかない。
そんなあなたが、私は大嫌い。
そう、大嫌い。
彼女と私は、もしかしなくても腐れ縁、という奴で、保育園から高校まで、クラスこそ違っていたものの、同じ所に通っていた。
彼女の親と私の親は、親しいという程でもないけれどそこそこのお付き合い、というやつで、おかげさまで立場だけをいえば幼馴染ともいえる関係だけれど、だからといって終始一緒にすごしていたわけじゃ、ない。
彼女は昔から、そう、保育園の頃から、護られている子どもだった。
保育園や小学校低学年の時はわかる。でも、次第に成長するに従って、微妙に彼女のその無意識の、はっきりといってしまえば無意識の媚のような態度は、周囲の女の子たちから目の敵にされるようになる。
なまじ、彼女はそこそこかわいい子だった。もし、これが、ものすごく可愛い子だったなら、また違ったかもしれない。
そこそこしか可愛くない子が、その性格からだけれども、周りから大事にされる。それを、女の子たちは贔屓と捉えた。
あれって、ぶりっこっていうんでしょ、今時いるのねぇ、と、参観日、こっそりと背後でかわされた母親たちの会話が、すべてを物語っているように思う。
そんな中、彼女は、孤立しそうになりながらも性格からか数名の親しい友だちと仲良く過ごしていた。
それでも、今までずっと周りにワイワイ友達がいた環境からの変化が寂しかったのか、なにを思ったのか私の方に近づいてくるようになった。
それが、たしか、中学の頃。
それなりの友人関係を、狭く深く構築していた私は、外からみれば友達の少ない人間で、それもよりいっそう、彼女が私に近寄ってきた理由だったらしい。
それから彼女は、私のことを幼馴染の親友、と、公言するようになった。
それに対して私は、ただ笑ってそうね、小さい頃から一緒だからそうともいえるわね、と、否定しては居ないけれど肯定しきれていない曖昧な表現で応え続けた。
彼女は親友、と、いいながらも、私にそこまでベッタリとひっつくようなことはなかった。
それは、私よりももしかすると、他の周囲に残った人たちのほうが、彼女を助けてくれると無意識でそう認識していたせいかもしれない。
事実、私も小さい頃は多少、手助けをしたことはあったけれど、小学校にあがって以降、特にこれといって手助けはしていなかった。
それでも、私も彼女にとっては助けてくれる存在、というやつであったようで、ゆえに幼馴染で親友、という宣言につながったようだった。
別になにを言おうと、彼女の勝手なのだけれど、唯一これの弊害は、彼女のそばにいた、親友と目されていた子からの、私への嫉妬の視線だった。
そんなもの、私に向けられても、私が望んだものでもなし、と、それもスルーすればなにも問題なかったのだけれど。
そんな、彼女曰くの幼馴染の親友、私曰くの幼馴染ともいえなくはない近くの家の子、の関係だった私たちは、そんな微妙な温度差を抱えた距離感のまま、しかし彼女はそれに気づかないままで、高校へと進学した。
とはいえ、私は特進、彼女は普通科で、クラスがおなじになることは3年間、彼女がよほど頑張るか私の成績が下がらない限りないだろうという状態だった。
だから。
あの日、学校を終えて帰り道、彼女と門の所であったのは、本当に偶然のことで。
一緒に帰ろう、と、笑う彼女に、同じ方向であるがゆえに断る理由もなく、とりあえず、曖昧に応えて帰路についた。
その途中、突然現れた不思議な模様の光に、彼女が吸い込まれそうになって、そして。
彼女は、私の腕を、しっかりと、握りしめて。
気がついた時には、見知らぬ場所に、二人、立っていた。
異なる世界。異なる次元。そんなファンタジー要素満載なことを、神殿のような作りの場所で、神官のような服をきた男性が、淡々と語っている。
どうやら、巫女なるものが必要で、それは異世界産の若い女性にしかなれないものらしく、必要に迫られて呼び寄せたのだ、とか。
その話を聞いて、目を輝かせる彼女と、淡々と事実だけを告げる神官。その対比が面白くて、私はただ、じっとそれを眺めていた。
くるり、と、彼女が振り返る。
キラキラと目を輝かせて、嬉しそうに微笑んで。
あなたがいてくれてよかった。ひとりじゃきっと、こころぼそいもの。
彼女がそういって、笑うから。
私もそっと微笑んだ。
握りしめたままだったカバンの持ち手が、ぎり、と、軋むような音を立てる。
視界の端で、淡々と説明していたはずの神官が、どこか面白そうな光を目に宿しているのに、気づきながら。
巫女は1人、というから、彼女を押しておいた。
そんな、と言いながらまんざらじゃなさそうな彼女は、促されるままに何処かへと移動していく。
私を心配そうに振り返るから、微笑んだまま、また後でね、と答える。
安心したように頷いた彼女が、完全に見えなくなってから、笑顔を消した。
巻き込まれた。
彼女が、腕を掴んでいたから。
助けてもらって当然、と、そう、それは無意識の行動だろうけれど。
彼女が私の腕を掴んでいたから、私までここに連れて来られた。
突き上げるようなこの感情は、怒りだろうか、悲しみだろうか。
苦しすぎてぎゅ、と、胸のあたりの服を握りしめて俯向けば、目の前に影がさす。
例の神官は、目の前に立って、微笑む。
先程までの、淡々としていた表情が嘘のように鮮やかに。
貴方はなにを望みますか。
そう聞かれて。
私は。
どうして、と、彼女が叫ぶ。
親友でしょう、と、彼女が涙をこぼす。
その全てに、私は、やっと、心からの笑顔を向けて、微笑んだ。
私は、あなたがだいきらいだったのよ。
愕然とした表情で崩れ落ちる彼女を、助けるのはこの国の王太子はじめ、主要な立場に立つ次代の若者たち。
華やかなドレス姿の彼女と、同じく、少しおとなしくはあれどもドレス姿の私。
やがて現れた騎士たちが、彼女とその周囲の人を連れ去っていく。
彼女が悲痛な声で、私の名を呼ぶのを、表情を替えず、じっと見送った。
最初は、この国が滅べばいい、と、思った。
むしろこの世界が滅べばいい、とすら、願った。
けれど。
ひっそりと、この国の王である人は、私に非公式ながらも頭を下げてくれた。
宰相、将軍、中枢にある人達は、巫女を呼ぶ必要を見出しておらず、そしてまた、強行されたそれに巻き込まれた私を、保護してくださった。
強行したのは、この国の王太子と、その周辺。
巫女は余程でなければ不在でも問題ないはずなのに、政略結婚を嫌い、妻を求めて召喚を強行した。
王の、国の、裁可を得ぬままに。
それから、私はひっそりと、宰相のもとに預けられ、学ぶ日々だった。
彼女は、王太子のそばで、華やかに暮らしていた。
周囲にちやほやとされてご機嫌の彼女は、気づかなかった。
その行為に、まゆをひそめる人たちがいることに。
王子様に、騎士様、そんな人達に囲まれて、彼女はそこしかみていなかった。
この世界が現実であることを、王子様がいるならば王が存在し、すべての権力は王にあることを理解しきれなかった。
目に余る行状は、些細なものでも積もり積もれば結構なものになる。
その日、王が告げたのは、王太子の廃嫡。そして、若手のものたちの左遷や更迭といった、人事整理だった。
これで満足ですか、と、かの神官は笑う。
神官服を脱ぎ捨て、王子としての正装で、鮮やかに。
この国の第二王子として、継承権を保留のままに神殿に勤めていた彼もまた、王子に強固に反対した1人だった。
けれど、それを止めきれず、儀式が行われて後、王の命により、様々な後始末に追われたのが、彼だった。
じっと見つめて、そして、そっと微笑む。
そして、ここで過ごす間に宰相様の家で鍛えられた、最高の礼儀をもって、新しく王太子となった人と、王に向かい、ゆるりと腰を折る。
私は、彼女が大嫌い。
彼女さえ居なければ、きっと、私はこの世界に来ては居ない。
腰を下り俯いた私の頬を、涙が伝う。
もう、二度と帰れない場所へ、想いをはせながら。
その後、巫女は神殿にて祈りを捧げるという名目で、事実上の幽閉に。
元王太子は、監視をつけた上で国の一番の辺境に封地される。
若手のそれぞれは、実家の対応によるが、神官位についたもの、幽閉されたもの、追放されたものと様々のようだった。
様々に問題を抱えていた若手世代は、こうして一掃され、新たな王太子を中心に、速やかに体制は整えられた。
そして、私は。
国の、中心から少し離れた、治安の良いのどかなまちで、その地の領主様のもとで働いている。
宰相様の血縁という、年配のその方は、穏やかに、どこか心の擦り切れていた私を受け入れてくれた。
空をみあげて思う。
同じように青い空、輝く太陽。
違うのは、時折、見たこともないサイズの鳥が、遠くの空を飛ぶのが見えることくらいだろうか。
異なる地で、私は、こうして、生きていくのだ。
スポンサードリンク