[掌編]僕は君で、君は僕で
2013.03.26 Tue [Edit]
「羨ましいよ、魔法が使えるなんて」
ため息をつきながら僕がいえば、同じく君はため息をつきながら答える。
「羨ましいよ、勉強して知識をそれだけ得られるなんて」
互いに目を見交わして、そして、苦笑する。
ないものねだり、なんてことは、わかってる。
それでも、こうして交流するたびに、お互いに口に出してしまうのは、しかたがないことなんだ。
僕と、君と。
交わるはずのない僕らが、こうして会話するようになって、もう既に10年になるのだろうか。
それは5才の時だった。
なにがきっかけだったのかはわからない。
あるとき、僕は、鏡の前で鏡の中の僕に、ひたすら話しかけていた。
白雪姫をみたせいだろうか。今となっては、はっきりとした理由を思い出すことは出来ないけれど、その時の僕は、真剣に、まじめに、鏡の中の僕へと、声をかけていたのだ。
その最中に、ぐらり、と、一瞬、まるで水面のように鏡が波打った。
まだ幼かった僕は、よくわからないながらも驚いて、よくよく鏡を見てみれば、鏡の中の僕も、じっと僕を見ていた。
けれど、よくみると、鏡の中の僕の後ろの風景が、僕の部屋のものではない。
一度振り返って、そして、僕は再び鏡を見る。
僕の部屋は、子供部屋だ。
可愛らしい動物などの壁紙は、鏡の向こうにはなくて、色合いがあっさりとしているのだけは理解できた。
どういうこと? と、僕がつぶやけば、鏡の中の僕が、驚いたように目をみはる。
え? と首をかしげる僕に、鏡の中の僕が問いかける。
君は、誰? と。
その時は理解できなかったけれど、それから度々会話をするようになり、僕らは次第に、互いを理解するようになる。
ごく普通の、機械文明ともいえる、文明世界の現代に生きる僕と。
鏡の向こうの、魔法世界といえる、これも大きくなって知ったのだけれど、いわゆる異世界といわれる場所にいる君。
魔法がつかえていいなぁ、といえば、そんなにいろんなことを学べていいなぁと、君がいう。
勉強が難しくてやだ、といえば、魔法を学ぶの苦手、と、君がいう。
いいなあいいなあ、と、互いに言い合いながらも、どこかで、相手がいうのならこれはいいことなんだろう、と、そんな気分になって、僕は勉強を頑張った。
今まで嫌で逃げてたから、次第に成績も落ち着いて、周りにもほめられるようになった。
嬉しくてそれを伝えたら、相手も、はにかんだように嬉しそうに、魔法頑張ったらほめられた、と笑う。
5年、6年、と、たつうちに、お互いの世界がいわゆる「異世界」と呼ぶことを知り、そのうちに、もしかして、と、互いに思い当たる。
次元が異なる、平行世界の自分、それがお互いなんじゃないか、と。
鏡の中の相手に出会ってから、僕はよく魔法が出てくるファンタジーや、いろんな小説を読むようになっていた。
その中で、SFも読むようになり、中学に上がる前にそんな風に思うようになった。
鏡の中の君に、興奮気味にそれを伝えて、君も驚いて目を見はって。
それから、嬉しそうに笑った。
「僕は、君で。君は、僕なんだね」
それからも、時折、彼と鏡で会話をするようになり、僕は魔法の概念や精霊や様々な異世界の知識を、彼は算数・数学や、自然科学などの知識を、お互いにやり取りするようになった。
お互いに、これは他の人に行ってはならない知識だ、と、理解していた。
二人だけの秘密だ、と、それなりに大きくなっても、楽しく感じていたものだ。
やがて、僕は物語を綴るようになり、君は僕の知識を元に、様々なことを改善するようになっていく。
5才のときに出会って、10年。15になった僕は、高校生になり、そして君は、成人となる。
これから街の発展のために、尽くすのだと笑う相手に、一足先にオトナになられたような気がして、悔しく思ったものだ。
僕と君は、同じであって、けれど、全く同じではなかった。
けれど。
僕は君で、君は僕で。
僕はまた、鏡の前で君と会話をする。
いつかは無くなってしまうかもしれないけれど、それでも。
僕は、鏡の前で、微笑むのだった。
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