[掌編]それは夢に違いない。
2013.03.25 Mon [Edit]
草原に風が吹く。
背の低い木々がポツポツと生えた草原を、丘の上から見上げ、少年はニヤリ、と、口を歪めた。
「おーお、いっぱいいるじゃーねぇの」
草原には、ぽつり、ぽつりとそれでも目に止まる程度の魔獣がいる。
背負っていた身丈に合わぬ大剣をかるがると構えて、少年は大きくジャンプした。
「さーぁて、楽しい狩りの時間(ショータイム)と行きますかぁっ!」
きらり、と、太陽の光を浴びて、銀色の髪が白く光るのだった。
「という夢をみたんだ」
ぽつり、と、つぶやけば、呆れたような視線が返って来る。
「なんというか……」
言い濁す相手に、視線をそらす。
「いっそ一思いにやってくれ」
ならば、と、相手は、きっぱりと告げる。
「中二病乙。 っていうか、この年でそれはちょっとイタイ」
がん、と、カフェテリアの机に頭を打ち付けた。痛かった。
小さい頃から、ファンタジーが好きだった。
児童文学の王道ファンタジーが、図書館に行けば山ほどある時代、幸せな気分で毎日のように読みふけった。
異世界で繰り広げられる、素晴らしきファンタジー。
それに夢中になって読みふけった、子供時代。
そのまま、ライトノベルズに歩を進めたのは、不自然なことではなかっただろう。
ひたすら、異世界で紡がれる物語やトリップもの、もしくは現代ファンタジーを読み続けた。
リアル中ニ時代は、黒魔術の本なんぞに手をだして、魔法陣について研究だ! なんて、益体もないことをしたものだ。
ちょっとだけ、自分と合わなかっただけの人間を、本当は自分の努力が足りなかった事実を、認められていない、と、俺はこんなもんじゃない、と、意味不明な自尊心の高さで斜めに世間を眺めていたあの頃。意味もない魔法陣で儀式をしたり、呪いをかけたりと、ああ、なんといえばいいのだろうか。
黒歴史である。繰り返す、まごうことなき、黒歴史である。
高校でそれらを否定し、オタ趣味と言える部分をひた隠しにしつつ駆け抜けて、それでも、ひっそりと読み続けたあの頃。
大学に入り、そんなの知らないとばかりのリア充風味を醸し出しながらも、本音は、アルバイトができるから本がかいほうだいだぜヒャッホー! だったりするのは、やはり成長がまだ足りないのだろうか。
だからあんな夢をみるのだろうか。
俺様最強、みたいな夢を。
「夢にしては、はっきりしてたんだよなぁ」
テーブルに突っ伏したまま、がしがしと明るい茶に染めた短い髪をかきむしる。
「あれだろ、明晰夢とかなんとかいうやつだろ、よくあることだよ」
どうでも良さそうにそう告げて、よしよしと俺の頭を撫でる相手の手を、叩き落とす。
「あああっ」
残念そうな悲鳴が、別の場所から聞こえる。
ぞくり、と、背筋に寒気が走って、慌てて顔を上げて振り返れば、そこには目をキラキラ輝かせて、どこか残念そうな顔をした、同期の女が、こちらをみていた。
「……ちゃおー」
「ふっる」
ひらひらと手を振るその女に、ずばり、と、目の前の相手が言い切る。
「ちょ、わかってるけど酷いっ」
がっくりと項垂れる女は、確か、それなりに人気があったはずだ。
だが、俺は知っている。
こいつは、隠れオタクだ。もしかすると、今の悲鳴からすると、さらに奥深いヤツだ。
じぃ、っと、見つめれば、ごまかすように咳払いをして、そしてこちらの席へと移動してくる。
「面白そうなはなししてたじゃん、私もみるよ、そういう夢」
彼女が語ったのは、前衛を奴隷で固めてぱっくんちょといただく、という、それどうコメントすればいいんだ、という夢だった。
ふ、と、嫌な予感がして、口を開く。
「なあ、それって、性別どうなってんの」
なにいってんのおまえ、という目の前の相手の視線をスルーして、じっと見つめた先。
彼女は、ごまかすように視線を逸らし、そして、えへへ、と笑ってごまかした。
間違いない。こいつ、男同士のあれこれな妄想を思考する系統の女だ。
「リアル妄想は勘弁しろ」
「ええっ」
ショックを受けた様子の彼女に、さっき感じたおかんは勘違いじゃなかったのか、と、鳥肌を立てる。
けじめをつけやがれ、リアルと妄想は別だろう、と、ジト目で見れば、ごまかすように冗談よう、と、手を振る。
ああ、なんの話なのかわかっていない様子の奴が、なんだか羨ましい。
思わず、俺は深くため息を付くのだった。
これが、俺とその腐女子であろう彼女との出会い。
その後、なにもわかっていなかった上に俺を中二病だと判定した奴が、ある日突然「俺異世界行ってきた」とか真顔で相談してきたり、だとか、性別が変わって女から男になった彼女と何故かあの夢と同じ世界に飛ばされることになったりなど、そんな出来事が起こるなんて、その全てがきっと、俺の夢と妄想だったに違いない。
そう、すべて夢に違いないのだ。
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