[掌編]貴方に伝えたい言葉
2013.03.23 Sat [Edit]
Words can mean that I want to make you into a friend and silence can mean that I accept your already being one. / wizgd
言葉を発することが怖くなったのは、何時のことだっただろう。
それまで、なにも考えずに、普通に会話できていたはずなのに、ある時期から、私は、言葉を発することが怖くなった。
何かをいうことで、相手を不快にさせるのではないか、とか、迷惑だと思われるんじゃないか、とか、過剰に考えるようになって、いつでも曖昧に笑ってごまかすようになった。
次第に孤立していったのは、その前からか、その後からか。
言葉を選べなかった、気を配れなかった過去の自分が悪いのだ、と、わかっていても、疎外される日々はとても、切なくて悲しいものだった。
「ねえ、どうして黙ってるの?」
かけられた言葉にすら、答えられなくて、曖昧に笑う。
どうして、といわれて、答えられるくらいなら、言葉に詰まるようになっていなかったと思う。
そんなこと、自分でも知りたい、と、思いながらも、黙ってごまかすことしか出来ない。
それでも、目の前の男は、それこそ不思議そうに、こちらを見つめていうのだ。
「ねえ、どうして言わないの?」
なにをだろう。なにをいえというのか、わからなくて困惑してると、男は微かに笑う。
「表情はそんなに変わんないけど、目に全部でてるよ」
思わず、目を逸らした自分は、間違ってないと思う。
「にがて、なのです。言葉を話すのが」
それでも、じっと見つめ続ける視線に、耐え切れなくて、しばらく言葉を真剣に考えた挙句にそう答える。
苦手なのだ。言葉を話すことが。そして、選ぶことが。
「そうなんだ。俺と話すのが嫌、ってわけじゃないんだね?」
首をかしげて、それからそう問いかける男に、数度頷く。
そう、目の前の人と話すのが嫌なわけじゃない。ただ、人と話すときに言葉を選び損ねるのが怖いだけだ。
むしろ、そう、彼は。
どうして、と、問いかけながらも、その言葉に嫌味はなかった。
どうして話さないんだ、と、責めるように告げる人はいたけれど、純粋に疑問だけで問いかけた人は、いままでいなくて、だから、そう、彼にそう問われたことは、嫌ではなかったのだ。
困らなかったわけじゃない。でも、嫌じゃなかったのだ。
それを聞いた彼は、嬉しそうに笑った。
穏やかに、優しい顔をしていた。
言葉を発するのが苦手になったのは、幼馴染がきっかけだった。
けして幼馴染のせいではない。ただ、気づくきっかけがその人だったというだけだ。
過去の私は、傍若無人だった。人の心を考えることができなかった。
自分しか見えてなくて、相手にずばずばなんでも指摘するし、口から溢れる言葉は、相手の気持ちなど斟酌しないものばかりだった。
それがどこかでかっこいいとも思っていたように思う。素直になにごとも指摘できる自分、と、それだけしか考えてなかった。
それを受け取る人間にとって有益なことを言ってるはずだ、と、信じて疑ってなかった。
きっかけは、些細なことだった。
そんなふうな性格だから、必然、いま思えば当然だが友人は少なかった。
幼馴染は、そんな中で唯一、親友と呼べるレベルで仲良くしていた、と、その時の私は思っていた。
実際親しくはあっただろう。しかし、親しき中にも礼儀有り、ともいうように、やはり限界はある。
ズバズバ言う私を、しょうがないなぁ、と、見守っていた彼女だったけれど、ある時とある事柄について、私が言い募ることに尽く反論してきた。
そんな風にいうものじゃないよ。言い過ぎだよ。いままでにもそう言われることはなかったわけじゃないけれど、この時の私は、その事柄について、自分の考えが間違い無く正義だと信じて疑ってなかったから、その一方的な正義で、相手の事情もなにも斟酌せずに、批判していた。
いつもなら、軽く言いすぎだという程度で受け流す親友が、ひたすらそれを否定し反論することに、私は激しく憤りを感じていた。
親友が間違ってる、と、より一層、強く言い募るようになった。
そして。
そう、もうわかった。もうなにも言わない。
そう告げた親友の目は、とても冷たくて。でも、私は、それに一瞬怯えたくせに、勝った、と、得意げにさらに言い募ったのだ。
それでその話は終わったはずだったけれど、それから、ひたすら親友だと思っていた人に避けられ続けて、なんで、と、食って掛かった私に、もう付き合えない、友達やめる、と、告げられた。
それきり無視されて、相手にされなくなって、他の人に声を掛けても相手にしてもらえなくて、そこでやっと私は、自分のしてきたことに気づいたのだ。
そこまでいてやっと、気づいたのだ。
それから、次第に、口を開くのが怖くなった。また無視されるんじゃないか。冷たい目で見られるんじゃないか。そう思えば思うほど、口を開くことが怖くなって、次第に無口になっていった。
返事くらいはするけれど、言葉は出てこない。どの言葉を選べば正解かわからなくて、混乱するようになって、やがて曖昧にごまかすようになった。
それが正解じゃないのはわかってたけれど、どうしていいかわからないまま、成長し、いままで来てしまったのだ。
私には友人はいない。ほとんど皆無に等しい。
話す相手も、ほとんどいない。若干会話を交わすというか、話しかけてくれるひとがいる程度だった。
それでも、自分が悪いのだとうつむいている状態の私に、声を掛けてくれたのが、彼で。
だから、余計に、優しくされたからこそ言葉を発することが怖くて、覚えてしまっていた。
彼は、私に声を掛けてくれる。そして、私の言葉をまってくれる。
愚かな私が、積み上げて壊したものを、もう一度正しい方法で積み直すかのように、言葉をまってくれるのだ。
少しずつ、言葉が出るようになってきたのは、きっと彼のおかげだ。
彼がいたから、私は、次第に言葉を出せるようになった。それでも、恐る恐るだけれど。
まだ、言葉を紡ぐのは怖い。
声をだすのは怖い。自業自得だとはいえ、すぐに改善するのは難しいだろう。
けれど。
いつの日か、彼に伝えたい。
ありがとう、大好きです、と。
たとえその思いが、実ることがなくとも、もしかするとこれは、ただの勘違いの依存に近い感情だとしても。
感謝を、伝えたいと、そう願うのだった。
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